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文学、ジャズ…知的映画セレクション
高崎 俊夫
フリー編集者、映画評論家
「ショットとは何か 歴史編」刊行記念 映画 ショット 歴史
24/8/24(土)~24/9/6(金)
シネマヴェーラ渋谷
シネマヴェーラ渋谷の『ジョン・フォード論』以来、すっかり定番化した蓮實重彦の著作の刊行記念特集である。今回は『ショットとは何か 歴史編』(講談社)に併せたプログラムが組まれている。 本書の目次を眺めると、「署名の変貌──ソ連映画史再読のための一つの視角」があり、ここで言及されているソ連映画作家のアブラム・ロームの『ベッドとソファ』(1927)、『帰らぬ幽霊』(1930)、『未来への迷宮』(1935)、ボリス・バルネットの『青い青い海』(1935)、ミハイル・ロンムの『夢』(1943)、『一年の九日』(1961)が上映される。さらにボリス・バルネットの初監督作品(フョードル・オツェプと共同脚本・監督)にして主演作で251分の大作『ミス・メンド』(1926)が特別上映される。 中でも気になるのは、「スクリューボールまたは禁止と奨励 ハリウッド30年代のロマンチック・コメディー」と題された論考だ。私は蓮實重彦の書いたものならすべてチェックするというようなハスミ信奉者ではないので、あくまで、うろ覚えの記憶で書くが、これは、もしかしたら、プレノン・アッシュの配給で、1994年に開催された《プレストン・スタージェス祭》の時に行った講演の再録ではないだろうか。当時、封切り前のイベントで、テアトル銀座で『パームビーチ・ストーリー』『レディ・イヴ』『サリヴァンの旅』の三本立てオールナイト上映会があり、その前に蓮實重彦が一時間ほど、スタージェスをめぐって講演したのだ。 実は、もはや憶えている人は少ないだろうが、当時、この特集に併せて、シネセゾン渋谷のレイトショーで、『プレストン・スタージェス・アメリカン・ドリーマー』というスタージェスのドキュメンタリーも上映しているのだ。もちろん配給はプレノン・アッシュで、そのパンフレットを私が編集したのだが、上野昂志、川口敦子の作品評、長塚京三のインタビュー、そしてこの講演の再録という豪華版だった。 もともとプレノン・アッシュにプレストン・スタージェス特集の企画を持ち込んだのは私で、公開に併せてドナルド・スポトーの暴露的な評伝『プレストン・スタージェス:ハリウッドの黄金時代が生んだ天才児』(森本務訳)の編集も手がけている。『アメリカン・ドリーマー』は、スポトーの評伝をなぞった、スコット・フィッツジェラルド風のアメリカの夢を体現した天才児の栄光と悲惨の物語に仕上げているきらいはあるが、スタージェスのフッテージ映像がふんだんに見られるので、ファンにはたまらないだろう。 今回、プレストン・スタージェスの作品では『パームビーチ・ストーリー』(1942)と『レディ・イヴ」(1941)の二本が上映されるが、スクリューボール・コメディという言葉が日本で定着したのも、この《スタージェス祭》がきっかけだったように思う。 『パームビーチ・ストーリー』で、元祖クルーナーだったルディ・ヴァリーが突然、美声を披露する可笑しさ、『レディ・イヴ』で、ヘビの研究家というケッタイなオタクに扮してコメディアンとしての新境地を拓いたヘンリー・フォンダ。そして極上の妖艶さで魅了するバーバラ・スタンウィックのサギ師。決して古びることのないプレストン・スタージェスのドライな笑いを堪能したい。
24/8/21(水)