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映画のうんちく、バックボーンにも着目

植草 信和

フリー編集者(元キネマ旬報編集長)

本日公休

内容も知らず映画も観ていないのに、『客途秋恨〈きゃくとしゅうこん〉』(1990、監督:アン・ホイ)というタイトルを眼にしただけで、いい映画に違いないというひらめきのようなものを感じたことを、今でもよく覚えている。その予感は的中し、日本と香港という故国を異にする母娘の葛藤を描いた『客途秋恨』は、今でもアン・ホイ監督の代表作として香港映画史にその名が刻まれている。『本日公休』は、その『客途秋恨』に主演した台湾の名優ルー・シャオフェンの24年ぶりの銀幕主演復帰作。 日本ではほぼ使われなくなった「公休」だが、台湾ではまだ生きているという「懐かしさ」が作品のベースになっている『本日公休』。舞台は、台中にある昔ながらの理髪店。女手ひとつで育て上げた3人の子供たちは既に独立したが、今でも常連客を相手にハサミを握る店主のアールイ(ルー・シャオフェン)が主人公。作家でありミュージックビデオ監督でもあるフー・ティエンユー監督が、自身の母親をモデルにして脚本を書き上げ、生家の理髪店で撮影を敢行したというファミリアなヒューマンドラマだ。 映画の冒頭に映し出される、古びているがよく手入れされた理髪店の外観と店内、ハサミ、カミソリなどの仕事道具が収められた年季を感じさせる革製の道具入れ、定連客の来店日が記されたカレンダー。それらを見ただけで、女主人の歩んできた人生と好ましいキャラクターが胸に染み入ってくる。 常連客たちとの交流も、庶民的で懐かしい。アールイは何十年も髪を切ってきた顧客一人ひとりの、髪質、好みの髪型だけでなく、彼らの過去来歴も熟知している。だからこそ店内にあふれるユーモラスで日常的な会話。彼女はある日、離れた町から通っていた常連客のひとりが病の床に伏したことを知る。アールイが店の入り口に「本日公休」の札を掲げて、最後の散髪のためにお客が住む町に向かうところからドラマが動き始める。 問題を抱える娘や息子、常連客の高齢化や死、親しい人との離別といった切実な現実を抱えつつも、彼女は今日もお客の髪を切り、ひげを剃り、洗髪する。人と人が交わり、そのぬくもりを感じさせる、懐かしさが画面から伝わってくる演出と演技だ。約4か月間、ヘアカットの猛特訓を積んで撮影に臨んだアールイ役のシャオフェンは長年のブランクを感じさせない演技で、台北電影奨主演女優賞、大阪アジアン映画祭 薬師真珠賞(俳優賞)を受賞。作品は観客賞も受賞している。香港のようになる前に、台湾に行ってみたいと思わせる映画だ。

24/9/22(日)

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