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文学、ジャズ…知的映画セレクション

高崎 俊夫

フリー編集者、映画評論家

カメラの両側で… アイダ・ルピノ レトロスペクティブ

かつて『ハイ・シエラ』(1941)などの名画によってワーナー映画を代表する女優として知られていたアイダ・ルピノは、近年、むしろ映画監督としての評価が高まっている。今回のシネマヴェーラ渋谷の特集は、その彼女の両面にスポットを当てた画期的なものといってよい。 すべての作品が必見であるが、女優としてのアイダ・ルピノ主演作のなかでは、歌手を演じた二本の作品をピックアップしてみたい。ビリー・ホリデイの絶唱があまりにも有名なジョージ・ガーシュインの名曲「私の彼氏」をそのまま題名に冠した『私の彼氏』(1947)は、故郷に帰ったクラブ歌手のアイダ・ルピノが言い寄ってくるクラブのオーナーの誘惑をかわしつつ、妹弟たちの抱えるトラブルを解消すべく奔走する苦い後味のメロドラマだ。アイダ・ルピノが何度か、劇中で「私の彼氏」を披露するシーンは思わず陶然となってしまう。 『深夜の歌声』(1948)では、クラブ経営者のリチャード・ウィドマークと相棒のコーネル・ワイルドに愛され、悲劇を招き寄せてしまう場末のクラブ歌手を演じている。アイダ・ルピノが酒の入ったグラスを脇において、煙草をくゆらせながら、独特の掠れたハスキー・ヴォイスで「アゲイン」「ワン・フォー・マイ・ベイビー」というスタンダード・ナンバーを歌うシーンは、たまらなく魅力的だ。 映画作家としてのアイダ・ルピノは未婚の母を描いた監督デビュー作『望まれざる者』(1949)から社会派的なモチーフを取り上げている。テニスプレイヤーの娘を自らの野望のために徹底搾取する毒母を辛辣なタッチで描く『強く、速く、美しい』(1951)は、少女マンガのような戯画化のレベルがすごい。 『暴行』(1950)は、ストーカーにレイプされたヒロインが婚約を解消し、周囲の偏見から逃れて、スモールタウンで必死の再生を試みる過酷なドラマである。PTSDに囚われた性被害女性の内面に深く分け入った繊細な描写、そのあまりにも先見的なテーマに果敢に挑んだアイダ・ルピノの胆力にはただただ圧倒される他はない。 自ら主演した『二重結婚者』(1953)は、女性の社会進出の時代を背景に、女性が抱える仕事と結婚、不妊と妊娠という普遍的で切実なモチーフを重婚罪を冒した男の回想形式で描く。 いっぽうで女性が登場しない『ヒッチハイカー』(1953)は、連続ヒッチハイク殺人鬼を乗せたふたりの男の恐怖と戦慄に満ちたロード・ムーヴィーで、全編、乾いたハードボイルドな描写がすごい。 今回の特集は、安易に要約されることを拒むアイダ・ルピノという複雑な魅力をたたえた映画作家を発見する絶好の機会と言えるだろう。

24/9/30(月)

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