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文学、ジャズ…知的映画セレクション

高崎 俊夫

フリー編集者、映画評論家

没後50年 映画監督田坂具隆

今年、没後50年を迎える田坂具隆の現存するすべての作品を網羅した特集上映である。戦前、内田吐夢と並んで日活多摩川撮影所の全盛期を支えた田坂は、『真実一路』(1937)、『路傍の石』(1938)といった子どもを主人公にしたヒューマンな文芸ドラマ、あるいは『五人の斥候兵』(1938)、『土と兵隊』(1939)などの戦争映画で知られる。 戦後も日活で石原裕次郎主演の『陽のあたる坂道』(1958)や『乳母車』(1956)、東映でも『五番町夕霧楼』(1963)、『冷飯とおさんとちゃん』(1965)などの気品ある文芸作品で、巨匠と呼ばれるにふさわしい確固たる位置を占めた。 上映に合わせて『ぐりゅうさん 映画監督田坂具隆』(笹沼真理子・佐崎順昭・佐藤千紘編、国書刊行会)という600ページを超える大著の刊行も予定されており、今まで忘れられた名匠として遇されてきた田坂具隆の再評価が始まる予感がする。 広島での被爆体験者でもある田坂具隆の本質を「愚直」というキーワードでもっとも深く洞察した映画・文化史研究家の故田中眞澄は、「田坂具隆・愚直の新生」というエッセイで次のように書いたことがある。 「敗戦は日本人大衆への裁きだったろうか。少なくとも田坂にとって、ヒロシマ体験はそのような意味を持つものになった。四年間の闘病生活ののち、現役に復帰した彼の前にあったのは、贖罪と救済のテーマでなければならない。田坂は子供という存在に救済の可能性を見ていたのではなかったか。……彼の善意、誠実、愚直とは、単にあるがままのそれではない。田坂は人間の「善」を愚直に信じる誠実を「決意」したのである。その確信なしに、その後の『五番町夕霧楼』(1963)、『湖の琴』(1966)は可憐の佳作たり得ただろうか」 今回の特集も、田中眞澄の顰に倣って、「愚直」というキーイメージで田坂具隆のフィルモグラフィを辿ってみると新たな発見があるかもしれない。

24/10/6(日)

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