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演劇鑑賞年300本の目利き

大島 幸久

演劇ジャーナリスト

文学座公演『摂』紀伊國屋書店提携公演

演劇人、また演劇関係者にとって朝倉摂は特に私にしてみれば、紛れもなく舞台美術家のその人である。代表的な作品と言えば『近松心中物語』、『にごり江』、『ヤマトタケル』……。劇団文学座が満を持して上演する新作『摂』は、しかし日本画家として才能豊かな若き日を描くというから、興味津々にならざるを得ない。 劇団の名コンビ、西川信廣の演出、瀬戸口郁の作。舞台は大正11(1922)年、東京・下谷区谷中。摂さんは彫刻家・朝倉文夫の長女として生まれた。日本画家・伊東深水に入門し、頭角を現していく。ところが太平洋戦争への憎悪、日本画壇への不信。人生の荒波を漕ぎ出していく青春の原点の物語だ。 劇団の女優で実の娘、富沢亜古は“曲げない精神”が母の姿だったという。富沢は母親・朝倉耶麻子(やまこ)を演じる。 主役の摂は荘田由紀、夫の富澤幸男は細貝光司、父・朝倉文夫が原康義、耶麻子の姉・堀江しうが新橋耐子。どうやらキーワードは闘争、抵抗心、挑戦、そして「やりたいことをやる」。 摂さんが91歳で亡くなったのが平成26(2014)年3月27日。あれからもう10年経ったのか。一度だけ自宅に招かれたが、あのエネルギッシュで早口で多弁で、思い込みの激しかったひとりの演劇人が懐かしい。思い切り、思い出そうじゃないか。

24/10/18(金)

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