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政治からアイドルまで…切り口が独創的
中川 右介
作家、編集者
本心
24/11/8(金)
TOHOシネマズ日比谷
近未来を舞台にした、紛れもないSFだが、原作も映画も「SF」とは銘打たれていない。「SF」だと宣伝すると、観客が限られてしまう懸念があるからだろう。しかし、科学技術の発達によって、人間と社会がどう変化してしまうかを考えるのがSFなのだから、これは優れたSF映画と言える。 科学技術の進歩による変化だけでなく、格差社会がこのまま進むとどうなるかの警鐘を鳴らしてもいる。こう書くと難しそうな映画みたいだが、深刻な題材とテーマなのに、見事に娯楽映画にしている。 AIにより、亡くなった人の映像的記録とその人が書き残したもの、だれかに話したことなどの情報を集積して解析して、ヴァーチャル・フィギュアが実用化されている。主人公は、この技術を使って自殺した母を蘇らせる。 この世界では、自分の死の時期を選ぶことのできる「自由死」が合法化されている。母はその自由死を選んだのだが、息子にはその理由がわからない。そこで、ヴァーチャル・フィギュアを作り、その秘密を明かそうとするのだ。 その主人公は若い頃に暴行事件を起こしたせいで前科者となり、就職ができず、やっと得た工場での仕事もロボットが導入されるとなくなってしまい、リアル・アバターとして生計を立てる。依頼主に代わって買い物をするのは簡単な仕事で、ときには、死ぬ前にもう一度行きたい場所へ行きその景色を撮るといった仕事もある。やがて、エスカレートして、人を殺せという依頼まで生まれる。 こうして、リアル・アバターの主人公が、ヴァーチャル・フィギュアの母と会話をする世の中を、どちらかというと淡々と、描いていく。いま見ているものが、リアルなのかヴァーチャルなのか、あえて混乱させる編集も、巧い。 主演の池松壮亮を、妻夫木聡、綾野剛、仲野太賀、水上恒司といった主役クラスの俳優が脇としてかためる贅沢な配役。そして田中裕子がヴァーチャル・フィギュアとなった母という、本物のようで、作り物めいたぎこちなさもあるという難役を演じている。 母の若い友人「三好彩花」の役は、同名(文字は1字異なるが)の三吉彩花。原作小説の登場人物と同名の女優がいたのは偶然だが、これにより、リアルとヴァーチャルが同居する関係がより混沌としてしまう、思わぬ効果をあげている。
24/10/27(日)