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文学、ジャズ…知的映画セレクション

高崎 俊夫

フリー編集者、映画評論家

ヴァラエティ〈2K修復版〉

1970年代から80年代にかけてニューヨークのアンダーグラウンドシーンで活躍したインディペンデント映画作家ベット・ゴードンの長編デビュー作『ヴァラエティ』(1983)が初公開される。ベット・ゴードンはゴダール、ファスビンダー、アントニオーニ、カサヴェテスらの影響を受けたと語っているが、難解なアート映画という印象は、冒頭の二人の女性の不満たらたらな他愛ないお喋り──ちょっと田中登の『(秘)色情めす市場』(74)に似た導入部である──で一挙に覆される。確信犯的にフェミニズムの視点を取り入れ、なおかつフィルム・ノワールのようなサスペンスフルな語り口はきわめて新鮮である。 なんといっても、生活に困窮し、タイムズ・スクエア近くのポルノ映画館でチケット売りのバイトを始めたクリスティーン(サンディ・マクロード)によって眺められた男たちの定点観測がとてつもなく面白い。ポルノ映画館という男だけの魔窟に闖入した不思議の国のアリスさながらに、男の欲望にさらされ、困惑するクリスティーン。 ここで『タクシー・ドライバー』(76)でロバート・デ・ニーロが大奮発し、シビル・シェパードをポルノ映画館にデートに誘う、なんともバツの悪いシーンを思い浮かべる向きも多いだろう。ある日、クリスティーンは、ひとりの謎の中年男に声をかけられ、やがて取り憑かれたように、男の後を追いかけるという不可解な行動をとる。 ここから映画は一挙に反転する。一方的に、男たちから欲望の対象として見られる存在であったクリスティーンは自らの内なる欲望を解放させるべくアクションを起こすのだ。追跡というモチーフは明らかにヒッチコックの『めまい』(58)を下敷きにしているが、ジェームズ・スチュアートよろしくクリスティーンもいつしか幻想と現実の境い目をさまよい、引き裂かれ、落下してゆく。 80年代初頭のニューヨークの猥雑でグルーミーな景観をあざやかに切り取ったトム・ディチロの秀逸なキャメラ、喧騒とメランコリーを湛えたジョン・ルーリーの音楽と初期のジム・ジャームッシュ組のメンバーが結集しているのも特筆すべきだろう。だが、ベット・ゴードンはジャームッシュのようなスタティックな映像スタイルに固執することなく、一見、無造作に見えながらも、ヒロインの揺れ動く情動の行方をみごとに掬い上げている。そこが本作のかけがえのない魅力となっているのだ。

24/11/9(土)

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