Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

水先案内人のおすすめ

評論家や専門家等、エンタメの目利き&ツウが
いまみるべき1本を毎日お届け!

柔軟な感性でアート系作品をセレクト

恩田 泰子

映画記者(読売新聞)

狂熱のふたり~豪華本「マルメロ草紙」はこうして生まれた~

どこまで本は美しくできるのか。作家・橋本治と画家・岡田嘉夫の共作による破格の豪華本『マルメロ草紙』の約8年に及ぶ製作過程を追ったこのドキュメンタリー、見れば驚嘆せずにいられない。長年、テレビマンユニオンで活躍してきた浦谷年良が監督・撮影・編集した貴重な記録だ。 岡田によるアールデコ絵画と、それにあてこんで橋本が書いた耽美的な物語からなる『マルメロ草紙』の出版計画が始動したのは、2006年。ふたりが思い描くのは、絵と文が一つになってとけこむ本、読む前に、わあ、きれいと目を奪われる本。全25話それぞれに異なる背景色を使おう、その地紋は絹のドレープにしよう、文字にはベネチアビーズのように色をつけよう……といったことはほんの序の口。打ち合わせのたびに、絵と文の配色や配置を徹底的に吟味して、進化させようとするふたり。その卓越した才能と貪欲な創作熱、そしてチャーミングな言葉に牽引されて、ただでさえ豪華なページが、さらに濃密に、美しく進化していく様子にわくわく。それを支えるデザイナー、編集者、印刷・製版のプロフェッショナルぶりにも感嘆させられる。その一方で、この豪勢なプロジェクトを出版社側がどこまで許容するのか、どきどきさせられるのだけれど。 出版界を取り巻く状況は猛烈な勢いで変わっている。橋本も岡田も世を去った今、こんな本を作れる「狂熱」の才能はもういないような気もする。切ない。でも、だからこそ、このドキュメンタリーは貴重だ。現代の出版文化の幸福な到達点の記録として。そして願わくば、これを見た人が抱くであろう憧れが野望に変わり、無茶な創作を夢見る人たちが出てくれば、と思う。

24/12/5(木)

アプリで読む