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政治からアイドルまで…切り口が独創的

中川 右介

作家、編集者

筒井康隆が1998年、60代半ばに発表した小説の映画化。主人公は70代半ばの高齢男性。フランス文学者で、妻は20年前に亡くなり、子どもはいない。一戸建てに暮らしていて、年金と僅かな印税と原稿料が収入源で、貯金を取り崩しているらしい。その貯金がなくなったときに死ぬことを目標としている。 文学者という点では筒井と同じだが、これを書いたときの筒井は60代だから、想像で書いた老人文学といえる。 その高齢男性の日常が淡々と描かれる。起床して、自分で朝食を作り、歯を磨いて……という描写が繰り返される冒頭は、役所広司主演の『PERFECT DAYS』みたいだが、似ているのは最初だけだ。その後、ふたりの女性が登場して、日常に亀裂が生じる。しかし、それは日常が破壊されるほどの大事件にはならず、「出来事」という程度。中盤から、現実なのか妄想なのか回想なのか分からなくなっていくシーンがあるが、それも大ごとにはならない。 ストーリーの面白さを期待してはいけない。と書くと、つまらない映画のようだけど、これが不思議なことに、まったく退屈はしない。モノクロームであることも手伝って、ドキュメンタリーを見ているかのようなのだ。老いたフランス文学者を演じる長塚京三が、演技を超えたナチュラルさ。長塚は世間知らずのインテリを演じることが多いイメージだが、その意味でも適役だ。 原作の文庫版の解説には「老人文学の傑作」、カバーには「哀切の傑作」とある。その映画化もまた、「老人映画の傑作」となり、まさに「哀切の映画」だ。「老い」をこんなにも直視した映画は、そう多くはない。

25/1/12(日)

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