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文学、ジャズ…知的映画セレクション

高崎 俊夫

フリー編集者、映画評論家

ゆきてかへらぬ

40年も前に書かれた田中陽造の、半ば伝説と化していた幻のシナリオが、根岸吉太郎の手によってあざやかに甦った。昭和の文学史を彩る夭折の天才詩人中原中也と批評の達人小林秀雄、それにふたりが愛した女優長谷川泰子の神話的な関係を描いている。 長谷川泰子は、「グレタ・ガルボに似た女性」というコンクールで一等に入選したという逸話は残っているが、映画史的にはほとんどその名前が記憶され、想起されることはない。しかし、ふたりの文学者のかけがえのないミューズとして、その創作活動の霊感源として、いわば〈宿命の女〉としての悪名のみが文学史においては異様なまでに高かったのである。 たとえば、初期の小林秀雄の数少ない小説である『Xへの手紙』のXとは中原中也のことであり、その中の「女は俺の成熟する場所だった」という人口に膾炙したフレーズは、長谷川泰子との同棲の日々と別離の経験が反映されているというのが通説となっている。 田中陽造は、小林秀雄の中原中也をめぐる数少ない回想や中原のおびただしい詩作を渉猟しながら、この長谷川泰子という、ひと筋縄ではいかない謎めいた女の内奥に迫ろうとする。彼女にまつわる安直なファム・ファタール神話を打ち砕いて、救済しようとする強い意志を感じるのである。 長谷川泰子を演じる広瀬すずは、昭和初期のモボ・モガのイメージを体現しつつ、どこか童女めいたイノセンスを発散している。後半、ルイーズ・ブルックスばりのボブ・ヘアに変身するのがなかなかに魅力的だ。中也を演じた木戸大聖、小林秀雄を演じた岡田将生の絶妙なアンサンブルは、根岸吉太郎の老練なまでの演出力を見せつける。ここには、たしかに「三人の協力の下に(人間は憎み合ふ事によっても協力する)、奇怪な三角関係が出来上がる」(小林秀雄)さまが、くっきりと描出されているのである。

25/2/24(月)

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