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監督、役者に着目して選んだこの映画

樋口 尚文

映画監督、映画評論家

ゆきてかへらぬ

しばしば日本文学史では作家の特異な子弟関係や夫婦関係、作家たちの三角関係、はては情死行などがその作品創造のうえでの重要な因子としておごそかに語られたりするが、それらは現在の目で見ると当事者の若さや幼さに驚かされたり、やらかしていることも今ならSNSで面白おかしく一蹴されるゴシップとどれほど違うものであろうかと感ずることがしばしばある。中原中也と小林秀雄と長谷川泰子の三角関係もそういう文学史の定番として語られるわけだが、彼らの逸話を田中陽造が脚本化したものを根岸吉太郎監督が映画化した。そこに登場する彼らは、後の「中原中也」「小林秀雄」といった絶大なるブランドをまとう以前の、一所懸命突っ張って、いきがって、傷ついてもんどりうっている青二才の若者たちなのである。長谷川泰子は映画女優としてのキャリアもたいしたものはなく、むしろこの三角関係をもってのみ知られている存在であり、当然ながら小林と中原という強烈な個性にはさまれて自らの才能の欠如を思い知り、彼らへの嫉妬に走ったりするが、そんな小林と中原でさえこの時点ではまだ何ものでもなかった「これからの人」だったのだ。したがってここにはいかめしく抽象化された文学史的な事件はなく、むしろ若さ、幼さゆえに彼らがややこしく歯がゆくぶつかりあうさまが鮮やかに描かれるのだった。そんなひたむきで邪気の無い彼らの戯れや離反を眺めていると、文学を立ち上がらせるのは(必ずしも年齢とは相関しない)「青春」なのだということに改めて気づかされる。そしていつの間にか前作『ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~』から16年を経て70代半ばにさしかかっている根岸吉太郎監督も、存分に「青春」を生きている。

25/2/4(火)

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