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文学、ジャズ…知的映画セレクション

高崎 俊夫

フリー編集者、映画評論家

ブリティッシュ・ノワール映画祭

かつてチャールズ・ロートンの唯一の監督作である『狩人の夜』(1955)、マルグリット・デュラスの『インディア・ソング』(1974)といったカルトムーヴィーを配給してきた伝説の会社ケイブルホーグの根岸邦明が立ち上げたアダンソニアがふたたび画期的なイベントを企画した。題して「ブリティッシュ・ノワール映画祭」。 第二次大戦後、社会を覆う不安と心理的な外傷を抱えた暗い時代相を反映するようにアメリカやフランスでは、忌まわしい犯罪をテーマにしたフィルム・ノワールというジャンルが隆盛を見た。 イギリスもその例外ではなく、数多くの犯罪映画がつくられたが、日本では大半が未公開のままであった。今回の映画祭は、その幻のブリティッシュ・ノワールの魅力に迫ろうという、かつてない意欲的な試みである。 ブリティッシュ・ノワールを生んだのは大プロデューサー、マイケル・バルコン率いるイーリング・スタジオである。イーリング・スタジオの歴史の詳細に関しては、私が企画・編集したチャールズ・バーの名著『英国コメディ映画の黄金時代──『マダムと泥棒』を生んだイーリング撮影所』(宮本高晴訳・清流出版)が最良のサブ・テキストなので、ぜひ、チェックしていただきたい。 恐怖と笑いは紙一重と言われるが、まさにイーリング・スタジオはこのふたつのジャンルで類まれな傑作を次々に生み出したのである。 今回の特集では、イーリング出身のロバート・ヘイマー、アルベルト・カヴァルカンティ、ベイジル・ディアデンの三人にスポットが当てられている。 この三人が腕を競ったオムニバス映画『夢の中の恐怖』(1945)は、かつてドナルド・リチーが「私がこれまで見た映画の中でもっとも恐ろしかった映画」と絶賛した作品として知られている。なかでもカヴァルカンティが監督した「腹話術師の人形」のエピソードは、ニコラス・ローグの『赤い影』(1973)の遥かなる霊感源とも言うべき、全身、総毛立つほどのコワさである。 カヴァルカンティの『私は逃亡者』(1947)は、ギャングのボスの差し金で刑務所に送られた英国空軍退役パイロットの復讐譚だ。脱獄して、怨嗟の鬼と化したトレヴァー・ハワードの執念深いキャラクターが凄まじい。 ロバート・ヘイマーは、アレック・ギネスがひとり八役を演じたブラック・コメディの傑作『カインド・ハート』(1949)によって英国映画史に燦然と輝く異才だが、今回、上映される『日曜日はいつも雨』(1947)でその才能の片鱗が垣間見えよう。平凡な主婦のもとに十年前、恋人だった脱獄囚が突然、現れ、平穏だった日々が脅かされる。ロバート・ヘイマーは、日常生活に、不協和音のように浸透してくるサスペンスの醸成が見事で、その際立った手腕には惚れ惚れする。なかでもヒロインを演じたグーギー・ウィザースの終始、憂いをたたえた表情が忘れがたい印象を残す。 ベイジル・ディアデンの『兇弾』(1950)は、強盗殺人犯で、なおかつ追跡した警官までをも殺害した冷酷無比な不良少年を、若き日のダーク・ボガードが演じている。ロンドンの街頭風景をセミドキュメンタリー・タッチでとらえた映像は、実に見ごたえがある。 ベイジル・ディアデンは息の長い映画監督で、1960年代に入っても『紳士同盟』(1960)、『カーツーム』(1966)、『世界殺人公社』(1969)など娯楽作品を撮り続けた。本特集には残念ながら入っていないが、天才オペラ演出家三谷礼二が「心に焼きつく愛の名場面ベスト3」に選んだ『波止場の弾痕』(1951)は、イーリング・スタジオ時代にディアデンが撮った隠れた名品である。もし本特集が成功し、「ブリティッシュ・ノワール映画祭・パート2」あるいは「イーリング・コメディ傑作選」特集が組まれる機会があるとすれば、前述の『カインド・ハート』と合わせて、ぜひ、入れてほしい。

25/2/17(月)

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