Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

水先案内人のおすすめ

評論家や専門家等、エンタメの目利き&ツウが
いまみるべき1本を毎日お届け!

政治からアイドルまで…切り口が独創的

中川 右介

作家、編集者

名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN

見終わったときは元気だったのだが、家に帰ったら熱が出てフラフラになっていた。インフルエンザでもコロナでもなかったし、翌朝には下がっていたので、多分、この映画の「何か」が原因の発熱だ。それくらい、心身ともに打ちのめされた映画。 説明不要のボブ・ディランの伝記映画。回想シーンがない。ナレーションがない。説明しない。ディランの青年時代のアメリカが、政治的にどんな状況だったのかは、誰かがつけたテレビのニュースを映すだけと、「言葉で語らない」ことに徹底している。 創作姿勢はストイックだが、半世紀以上前のアメリカの音楽シーンの再現に、かなりの製作費を投じていて、作りは贅沢だ。伝記映画は、全生涯を描くわけではない場合、いつからいつまでを描くかを決めるのが難しいが、ウディ・ガスリーが病に倒れてから亡くなるまでを切り取った構成が憎い。 クラシック音楽の世界から見たら、フォークとロックは似たようなものなのだが、当事者にとっては、フォークとロックは全然別の音楽で、その対立がクライマックスになる。言葉ではなく、音楽で戦う。ずっと音楽が流れているような感じで、その使い方も、計算されつくしているのだろうけど、それを感じさせない。 それにしても、ピート・シーガー、ジョーン・バエズのかっこよさには、ほれぼれしてしまう。 主要人物のなかでミュージシャンではないのはディランの恋人シルヴィくらい。そのシルヴィをエル・ファニングが演じていて、恋人にはなれても、音楽の同志にはなれない孤独感を、痛いくらい伝えている。熱が出たのはそのせいかもしれない。

25/2/26(水)

アプリで読む