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新たな気づきをくれるミュージアムを紹介

中山 ゆかり

ライター

硲伊之助展

作家名は、硲伊之助、はざま いのすけ。洋画を収蔵する美術館の常設展示室で作品を見かけることはあっても、活動の全貌を知る機会はあまりなかった。大正から昭和にかけて活躍したこの洋画家の東京での初の回顧展が、京橋のアーティゾン美術館で開催されている。 描く対象を明確な色の階調や強弱対比でとらえるヴァルール(色価)によって遠近感を表すと同時に、色彩の完全な調和を追究していたという硲。会場には、明るい色彩とのびやかな筆触の風景画や人物画が並ぶが、赤い装飾的な布地を配した室内画や窓から望む海景などに、マティスを思わせるところがある。実はフランス留学中の硲は、列車の中で偶然マティスと知り合ったのだとか。その後、親しくアトリエを訪ねるようになり、生涯、「マチス先生」と呼んで敬愛した。色彩の探究という点で、互いに響き合うところがあったのだろう。 パリ滞在時に学び始めた木版画も、色版の繊細な重ね合わせが魅力的だ。だが、今回の展覧会は、作品の制作だけでなく、硲の幅広い活躍に注目しているのも特徴だ。実家が裕福だった硲は、自身の研究のためもあってパリで作品を収集した。コレクターの一面をもつだけでなく、広い人脈を通じて仲介役も務めたそうで、ルソーやマティスといった同館の所蔵作品が、硲との関係から改めて紹介されている。 特に印象深いのは、第2次大戦後のエピソード。戦後の生活を心配したマティスが手紙をくれたことから渡仏した硲は、日本でのマティス展を発案し、1951年に実現する。マティス自身が全面協力した伝説的な大型展だが、この後、硲はピカソ展、ブラック展、そしてファン・ゴッホ展のためにも尽力している。戦後すぐの日本で多くの人々を熱狂させた展覧会開催の立役者が硲だったのだ。 同展の最後に並ぶのは、硲の九谷焼の作品群。戦中の国産絵具の質の悪さが招く変色問題を深刻視した硲は、完成後も変色しない色絵磁器に惹かれ、晩年は九谷焼の発祥の地・加賀に転居して陶芸に励んだ。緑、紫、群青、黄色。ここでも硲の作品は、やはり発色が素晴らしく美しい。

25/3/25(火)

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