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映画は、演技で観る!
相田 冬二
Bleu et Rose/映画批評家
新世紀ロマンティクス
25/5/9(金)
Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下
表情が読み取れません。 そんな台詞があった。 それはコロナ禍でマスクをしているからで、そう言われてヒロインはマスクを外し、その後、素晴らしい表情をいくつか浮かべるのだが、わたしは全然別なことを考えていた。 表情を読み取られてたまるか。 読み取れない表情ができるから人間なんだよ。 『新世紀ロマンティクス』は、読み取れない表情の宝庫だ。 市井の人の表情と、プロフェッショナルな演じ手の表情に、ヒエラルキーを設けないジャ・ジャンクーの手つきが、市井の人とプロを重ね合わせ、わたしたちは市井の人の表情からプロの表情を、プロの表情から市井の人の表情を汲み取ることができるようになる。 だが、それは断じて、表情を読み取ることではない。 ただ、汲み取っているだけなのだ。なんと素晴らしいことか。 あらゆることがらを意味に置き換えないと気が済まない人々がいる。その人たちは、表情を読み取ろうとする。だが、読み取ってしまうことで、その表情はひどく薄っぺらいなものに堕してしまうことを、わたしたちは知っている。 なぜなら、人情があるからだ。 ジャ・ジャンクーは、わたしたちには人情があるということを発見させてくれる映画作家だ。 人情は、誰かの表情を読み取ろうとはしない。ただ、汲み取る。理解なんかしなくていい。ただ、黙って受け止めればそれでいいのだ。 チャオ・タオがハエ叩きでハエを捕える瞬間。チャオ・タオが上着で頭を覆うひととき。チャオ・タオが雨の中、占い師を名乗る男に見せる相貌。そして、映画のラスト、真っ直ぐに向かってくるチャオ・タオの顔。 人情が、やって来る。 名付ける必要がないものほど大切で、かけがえのないものはないと、わたしたちは知る。
25/5/5(月)