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中山 ゆかり
ライター
酒呑童子ビギンズ
25/4/29(火)~25/6/15(日)
サントリー美術館
おそらく日本で一番有名な鬼・酒呑童子(しゅてんどうじ)の絵巻をテーマとした展覧会が、東京・六本木のサントリー美術館で開催されている。会場全体が「酒呑童子」一色。だが飽きることが全くないのは、まずは同館が所蔵する《酒伝童子絵巻》がめっぽう面白いから。大規模な解体修理を終えた絵巻は、緻密な描写と鮮やかな色彩が見事。今回は、全3巻を同館史上最大の規模で広げて見せてくれている。 美しい貴族の娘を次々に誘拐する酒呑童子の討伐を命じられた源頼光と家臣の四天王らが、険しい山中の鬼の屋敷にたどり着き、毒酒を飲ませて鬼たちを退治するまで、そのストーリーをつぶさに追うことのできるこの絵巻は、人物や鬼の細かな表情や精緻な自然描写が楽しめるのも魅力だ。16世紀には角のない鬼や三つ目の鬼もいて、色々な顔つきの鬼たちが仲間同士であれこれ相談したり、威嚇したり、酒盛りを仕切ったり、踊ったり、酔っ払ったり、酔った仲間を介抱したりとやたら忙しい。態度や仕草や表情の人間っぽさが、なんともリアルだ。 酒呑童子の住処は、伊吹山系と大江山系のふたつがあり、この館の絵巻は伊吹山を舞台とした最古の作例。狩野派を確立した狩野元信が描いた傑作であることから、これを範として後に何百もの模本や類本がつくられた。ヴァリエーションも色々あり、なかには酒呑童子の出生の秘密を語るものも。今回は、明治期にドイツに渡って以来、初の里帰りとなる貴重かつ美麗な絵巻も出品されている。 遙か太古の神話の時代、スサノオノミコトによって飲酒中に首を切られた大蛇の怪物ヤマタノオロチの亡魂が伊吹山に移って伊吹明神となり、地域の有力者の娘のもとに通って生まれたのが後の酒呑童子。人間の祖父母に育てられるも、幼少期に酒乱であることが判明し、比叡山の伝教大師・最澄のもとに預けられて真面目に勉学に励むが、祭りの行事を成功させたことで授かった褒美の酒を飲んで大暴れをしてしまう。結局、大師からは追放を言い渡され、祖父母からも見放された童子は、山中でいつしか鬼と化していく……。酒呑童子だけが悪いのではない——そう言うかのような誕生物語の作者は、鬼にもあわれを感じていたのだろうか。 酒呑童子の絵巻が武家の姫君の「婚礼調度」のひとつだったと言われると、やはりびっくりする。高貴な女性が大勢誘拐される物語で、血みどろの怖い場面もあるからだ。だが、源氏の棟梁のもと、武士が最後に勝つ物語は、武家としての正統性を象徴しているのだという。能の「大江山」との関係なども含め、様々な視点から酒呑童子の絵巻が深掘りされた同展は、新たな知見にたくさん出会える充実した展覧会。ちなみに図録には、今回公開されなかった場面も含めて全場面が掲載されているので、こちらもお薦めだ。
25/5/20(火)