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歌舞伎、文楽…伝統芸能はカッコいい!
五十川 晶子
フリー編集者、ライター
歌舞伎座松竹創業百三十周年 尾上菊之助改め 八代目 尾上菊五郎襲名披露 尾上丑之助改め 六代目 尾上菊之助襲名披露 六月大歌舞伎
25/6/2(月)~25/6/27(金)
歌舞伎座
六月大歌舞伎『歌舞伎十八番の内 暫』 鎌倉八幡宮を背に、舞台上段中央に不気味に鎮座する公家悪姿の清原武衡。いかにもスケールの大きな悪の空気を放っている。その横に居並ぶのは赤ッ面に赤い腹を出した巨漢たち。下段には武衡に捕らえられた美男美女が並ぶ。見るからに、悪い奴らが高貴で善良な人たちをいじめている構図だ。そこへ「ちょっと待った!」と、ド派手なスタイルで花道を颯爽と現れるのが少年・鎌倉権五郎景政。 左右に広がる柿色の素襖に長袴、左右に鬢が張り出した車鬢、角前髪に白い力紙をリボンのように着けている。市川家にちなんだ三升の角鍔の大太刀を佩き、素襖の下には鎧、籠手。顔は荒事の典型の筋隈。とにかく何もかもが大きく強そう。知恵と勇気に彩られた「つらね」と呼ばれる台詞をとうとうと述べ、武衡ら悪玉を退治する。 江戸歌舞伎全盛の時代、毎年11月といえば芝居町は顔見世の月だ。芝居の新年が始まる月ならではのめでたい習慣として、一座の役者衆の顔ぶれを披露するための顔見世の狂言が組まれた。そこに必ず組み込まれたお約束の一幕、その通称が「暫」だ。 年によって顔見世狂言の「世界」や物語が変わろうと、悪玉善玉の役名が替わろうと、かならず「しばらく!」と言って出てきて悪玉を懲らしめる若き英雄。時にその役柄そのものも「暫」と呼ばれた。さらにその英雄を迎え撃つ悪玉のトップが「ウケ」というポジションだった。これら「暫」「ウケ」だけでなく、二枚目立役、実事師に赤姫、道外などなど、一座の各役柄を担う役者が顔を揃えて披露するために顔見世狂言に作られた一幕。 現行の『暫』は平安後期、後三年の役で活躍した武将・鎌倉権五郎景政にちなんでおり、「ウケ」も同じ時代の奥州の豪族・清原武衡だ。現在劇場で観られるこの『暫』は、明治に九代目市川團十郎が一幕として独立させたとされる。 複雑なストーリーなどない。もはやどうかしているレベルで荒唐無稽(ほめてます!)。なのにこの素敵に贅沢で豪華な歌舞伎十八番の一幕は、世話物や義太夫狂言とはまた違う、「歌舞伎を観た!」「何だかすごいもの観た!」という満足感を味わわせてくれるはず。
25/5/23(金)