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文学、ジャズ…知的映画セレクション

高崎 俊夫

フリー編集者、映画評論家

フォーチュンクッキー

アメリカ映画には時おり、あまりにもささやかながらも、微小な宝石を思わせるマイナーポエットの輝きに満ちた作品が登場することがある。『フォーチュンクッキー』は、まさにそんな一本である。 カリフォルニア州の都市フリーモントに住むアフガニスタン系アメリカ人、ドニヤは手作りフォーチュンクッキー工場で働いている。故郷カブールの米軍基地で通訳として働いていたが、8ヶ月前にアメリカに移住してきたばかり。PTSDと不眠症に苦しむ日々の中で、ようやく精神科のカウンセリングを受診できるも、治癒する方法は見つからない。 主人公を演じたアナイタ・ワリ・ザダは、アフガニスタンではジャーナリストとして活躍していたが、タリバンの復権により、アメリカへと必死で、身を賭して逃れてきたというキャリアはそのままヒロインの境遇に重なる。 監督のババク・ジャラリは、イラン出身で、インディペンデント映画で技倆を発揮してきた。どこかノスタルジックなトーンを帯びたモノクロームの映像はジャームッシュの『ストレンジャー・ザン・パラダイス』やアキ・カウリスマキのオフ・ビートな作品群を想起させるが、決定的な違いは、ヒロインに寄り添う視点がきわめて濃厚であることだろう。 それは監督自身が、異郷に身を置いているヒロインに深く感情移入し、一体化しているからにほかならない。ドニヤが、つねに抱えている名状しがたい孤独感や寄る辺なさが、画面の隅々から滲むように浮かび上がってくる。そのひしひしと伝わってくる切迫感とリアルさこそが、この映画の最大の美点であることは間違いない。 舞台となるフリーモントという街の佇まいは、かつての黄金期のハリウッド映画で魅惑的なユートピアのように描かれた郊外のスモールタウンとは、まったくかけはなれた、まるで辺境の、空漠たるアメリカン・ドリームの行きついた地の果てのような荒涼感が漂っている。なけなしの希望すら見い出せない閉塞感に幽閉されたヒロインが、一念発起、ブラインドデートのために車で疾駆する後半から、ようやくロードムーヴィーとしての躍動感が生まれる。あとは一気呵成、真摯なまでに幸福を求めてやまないヒロインの表情を見つめ続ければよい。

25/6/3(火)

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