Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

水先案内人のおすすめ

評論家や専門家等、エンタメの目利き&ツウが
いまみるべき1本を毎日お届け!

映画のうんちく、バックボーンにも着目

植草 信和

フリー編集者(元キネマ旬報編集長)

国宝

上映時間2時間55分、インターミッションなしと聞いておののいたのだが、杞憂だった。知人の、「1秒も退屈せず、あっというま」の高評価に偽りなく、観終わっての感想は、「まだ観ていたい!」……。この長尺で「間断なく見せきる」李相日(リ・サンイル)監督の演出術が、素晴らしい。米アカデミー賞にならえば、演出、脚本、演技、撮影、音楽、美術、衣装その他主要全部門「ノミネーション作品」に相当する、といえばいささかほめ過ぎか。 原作である吉田修一の『国宝』(第69回芸術選奨文部科学大臣賞)は上下巻700ページを超える、歌舞伎の世界を舞台にした壮大な物語。監督は、かつて吉田の『悪人』『怒り』の映画化を手がけたが李相日。歌舞伎の女形役者として芸の道に命を捧げ、「人間国宝」にまで登りつめた男の激動の人生を描き、舞台の見せ場もたっぷりの芸道映画に仕上げた。 任侠の家に生まれながらも歌舞伎役者に引き取られ、芸の道を歩む喜久雄(吉沢亮)。歌舞伎の名門の家に生まれ、同じく歌舞伎役者としての道を進む俊介(横浜流星)。このふたりの愛憎を物語の軸に、50年におよぶ歌舞伎界の変遷と梨園の複雑な人間関係が描かれていく。 主演の吉沢、そのライバルを演じる横浜の精進に精進を重ねたであろう演技も素晴らしいのだが、彼らの「父と師」に扮した渡辺謙のいかにも歌舞伎役者らしい貫録たっぷりの所作が絶品だ。この壮大な物語を、梨園の仕来りを取り込んで3時間弱にまとめ上げた奥寺佐渡子の脚本の構成力が見事。寺島しのぶ、田中泯などの演技陣、種田陽平の美術、原摩利彦の音楽、中村裕樹の照明などスタッフワークの功績をひとつひとつ、取り上げていくとキリがない。しかし本作における李相日監督の最大の功績は、撮影監督に『アデル、ブルーは熱い色』のソフィアン・エル・ファニの起用だ。血縁と門閥でなりたつ極東の島国の隠花な世界を、外国人のカメラの視点で「極彩の美」として焼き付けた、その造形力がすごい。 取り上げた演目もいい。『連獅子』『二人藤娘』『娘道成寺』『曽根崎心中』などどれも人口に膾炙したものばかり。それぞれの見せ場とドラマの内容が合致して、観る者を観劇の興奮へと導く。これは演技指導を担った(出演もしている)中村鴈治郎の功績だろう。 侠客の子から歌舞伎の人間国宝になった喜久雄が見た風景はどんなものだったのか、もっと見ていたかった。2025年第78回カンヌ国際映画祭の監督週間部門に出品されて絶賛を博したのも頷ける。中国の『さらば、わが愛/覇王別姫』、韓国の『風の丘を越えて 西便制〈ソピョンジェ〉』に勝るとも劣らない、我が国にも芸をテーマにした傑作が誕生したことを喜びたい。

25/6/2(月)

アプリで読む