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平辻 哲也
映画ジャーナリスト
中山教頭の人生テスト
25/6/20(金)
新宿武蔵野館
『教誨師』『夜を走る』の佐向大監督による最新作は、地方のごく普通の公立小学校を舞台に、教育の本質と人間の複雑さを力強く描き出す人間ドラマだ。これまでもオリジナル作品で、社会の片隅に光を当ててきた佐向監督のまなざしは、本作でもいっそう冴え渡っている。 主人公・中山晴彦は、情熱あふれる理想の教師ではない。教員歴30年を迎えるベテラン教頭。誠実で温厚だが、どこか煮え切らず、やり手の女性校長の前ではいつも気圧されてしまう。そんな彼が、ある事情から5年1組の臨時担任を任されることに。複雑な背景を抱える子どもたち、個性の強い教師たち、保護者、そして思春期の娘との関わりの中で、さまざまな“正しさ”と向き合い、自らの価値観を少しずつ見つめ直していく。 本作の魅力は、単なる“教師の成長物語”にとどまらない点にある。「子ども」と「大人」という枠組みを超えて、「人間とは何か──」という普遍的な問いを投げかけてくる。登場人物たちは善人でも悪人でもなく、それぞれが迷い、誤り、葛藤している。その姿に人間味があり、「人間って、こんなものだよな」と思わず納得させられる説得力がある。 渋川清彦は、主人公・中山の繊細な内面を、抑制の効いた演技で見事に体現する。淡々とした表情の裏ににじむ葛藤と決意が、じわじわと観る者の胸に迫る。脇を固める実力派俳優陣も、それぞれが確かな存在感を放ち、作品に深みとリアリティを与えている。 佐向監督は、過剰な演出に頼ることなく、日常の機微を丁寧にすくい取り、時にユーモアを織り交ぜながら、小学校という空間を現代日本社会の縮図として提示する。その演出力には静かな迫力がある。 派手さこそないが、じんわりと心に沁みる佳作。「少し心や体が疲れたな」と感じている大人にこそ、ぜひ観てほしい。
25/6/21(土)