Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

水先案内人のおすすめ

評論家や専門家等、エンタメの目利き&ツウが
いまみるべき1本を毎日お届け!

文学、ジャズ…知的映画セレクション

高崎 俊夫

フリー編集者、映画評論家

中山教頭の人生テスト

佐向大は、これまでにも『教誨師』(2018)や『夜を走る』(2021)などにおいて旧来の手垢にまみれた、ルーティン化したストーリーテリング、ドラマツルギーに対して、大胆に“否”を唱え、刺激的なテーマに果敢に取り組みながら、作品をつくり続けてきた。その彼が撮った新作『中山教頭の人生テスト』は、見るものを予想をはるかに超える射程にまで到達した、文字通りの新境地をみせてくれた作品と言えるだろう。 山梨県のとある小学校を舞台に、校長になるための昇進試験を控えるごく平凡な教頭、中山(渋川清彦)は、ひょんなことから5年生の臨時担任を務めることになる。妻を亡くし、多感な中学生の娘を抱える中山は、事なかれ主義が蔓延する教育の現場にも付かず離れずの微妙な立ち位置で関わり続ける。 当初は、かつて長塚京三が冷徹で合理主義者であるハードボイルドな教師をクールに演じた『ザ・中学教師』(1992)を想起させなくもなかった。だが、中山を演じる渋川清彦は、どこか頼りなさげで、優柔不断な、つねに自己嫌悪にとらわれている屈折した聖職者という実にやっかいな人物を飄々と演じている。渋川が時おり垣間見せる、偽悪家でも偽善者でもない微妙なバランスの上で綱わたりしているような困惑気味の表情が出色である。間違いなく彼の代表作となるであろう。 映画は、家庭環境も異なる子どもたちの間にわだかまっている格差や陰湿ないじめの実相にも分け入ろうとするが、その一方で、そこには安直な処方箋など決して存在しないという過酷な現実をも突きつける。それでも、ラスト近く、中山が意を決して口にする言葉は、微温湯的なヒューマン・ドラマとは遠くへ隔たった、リアルで、なおかつ親密な手触りを伝えてくる。本年、屈指の秀作である。 

25/6/23(月)

アプリで読む