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夏目 深雪
著述・編集業
私は何度も私になる
25/6/28(土)
ポレポレ東中野
マレーシアの女性監督、タン・チュイムイの新作。『夏のない年』を東京フィルメックスで観たのが2010年なので、なんと長編作品を拝見できるのは15年ぶりとなる。アート系の旗手、という印象だけが残っているが、トリビアとしては岩井俊二監督の『friends after 3.11 劇場版』(2012)に監督が出演していたりする。 2022年の大阪アジアン映画祭で『野蛮人入侵』というタイトルで上映された時も話題になったが、私は原題であるこの不可思議なタイトルの方が気に入っている。このタイトルも内容にぴったり合っているわけではないが、邦題は『わたしは最悪。』(2021)や『ブラックバード、ブラックベリー、私は私。』(2023)などの#Me Too以降のフェミニズム映画に近い印象を持ってしまうのだ。 フェミニズム映画でないわけではない。だが、38歳で出産し、41歳で武術を学び始めた監督の経験が反映されしかも監督自身がヒロインを演じている。半分ドキュメンタリーであるような、しかもその中でさらに現実とフィクションが入れ子構造になっている、今までにないような映画なのだ。そもそも根底はアクション映画だし、もちろんそれだけではなく、ソリッドで、単純にカッコイイ。 出産と離婚を経て引退した女優のムーンは監督のロジャーに、アジア版『ボーン・アイデンティティー』を撮りたいとオファーされる。ムーンはロー師範のもとで武術の習得に励むが……。 難解な映画ではないので、前知識はそのくらいで、ぜひ映画に身を任せてほしい。監督はパンフ収録のインタビューで『マトリックス』(1999)や『インセプション』(2010)の名前を挙げ、メタ構造を選んだのは仏教的な考えが根底にあるからだと答えている。以前東京国際映画祭で特集が組まれたこともある、著名なミュージシャンで俳優や監督もこなすピート・テオがロジャー監督を、ジェームス・リー監督がロー師範を演じるのもマレーシア映画ファンにとっては嬉しい。
25/7/1(火)