水先案内人のおすすめ

評論家や専門家等、エンタメの目利き&ツウが
いまみるべき1本を毎日お届け!

柔軟な感性でアート系作品をセレクト

恩田 泰子

映画記者(読売新聞)

顔を捨てた男

他人の苦境を見ていたつもりが、それだけでは済まなくなっていく。『顔を捨てた男』は見る者を思いがけない境地へ連れていく。主人公は、顔に極端な変形を持つ男エドワード。俳優志望だが道はなかなか開けない。恋をしても積極的になれない。だが、ある日、転機が訪れる。医師に進められた過激な先進治療の効果があらわれ、外見が劇的に変わる。新しい顔を手に入れた彼は、新しい名前で新しい人生を始める。すべては順調だった。かつての自分にそっくりな男オズワルドと出会うまでは……。外見が変われば、なりたい自分になれるのか。なれないとしたらなぜなのか。なぜ「ないものねだり」から脱却できないのか。監督・脚本のアーロン・シンバーグは、エドワードの物語を通して、観客の価値観を揺さぶってくる。言葉にすれば一種の説諭になってしまいかねない事柄を、たくみに物語化し、俳優たちの体を通して心に響かせる映画にしている。前半は特殊メークの力を借りて、後半は素顔で、迷走しっぱなしのエドワードを演じたセバスチャン・スタン、カリスマティックな魅力を放つオズワルド役のアダム・ピアソン、そして残酷なほど率直な運命の女レナーテ・レインスヴェのアンサンブルは出色。この映画を身につまされずに見られる人がいるのだろうか、とも思う。

25/7/5(土)

アプリで読む