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日本映画の新たな才能にフォーカス

イソガイマサト

フリーライター

夏の砂の上

息子を事故で失った喪失感から立ち直れない男と彼を見限ったその妻、自由奔放な妹が置いていった17歳の娘。心が乾き切った彼らそれぞれの再生を描く傑作戯曲の映画化となる本作は、男を演じたオダギリジョー、妻役の松たか子、妹役の満島ひかり、愛を知らない少女に扮した髙石あかりの安定感がハンパない芝居で一気に彼らの世界に。 松たか子などはキャスティングを事前に知らなければその閉塞した土地で暮らす荒んだ女性にしか見えないし、名バイプレイヤーの光石研から出演作が相次ぎ勢いに乗る高橋文哉、フォークシンガーの森山直太朗まで全員が地方の人間になりきっていて、彼らの時間と空間に自然に身を委ねることになる。 そんな彼らの心象を、雨が一滴も振らなくて、カラッカラに乾いた坂道の街・長崎を舞台装置に描いているのも舞台版とは違う、この映画ならではの味わい。どこまでも続く曲がりくねった長い坂道と階段、照り続ける太陽を体感しているうちに、言葉少ない主人公たちのどうすることもできない気持ちがじわじわと染みてくるのだ。 そこでは、2022年の『そばかす』で恋愛感情が沸かない、理解できない女性の生きづらさをセリフに頼らない演出で伝えた玉田真也監督(脚本も兼任)の才気が静かに炸裂していて、それも刺激的。うだるような暑い日の夜に観たい、この夏の注目作だ。

25/7/8(火)

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