評論家や専門家等、エンタメの目利き&ツウが
いまみるべき1本を毎日お届け!
映画のうんちく、バックボーンにも着目
植草 信和
フリー編集者(元キネマ旬報編集長)
入国審査
25/8/1(金)
新宿ピカデリー
『侍タイムスリッパー』『カメラを止めるな!』『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』『ソウ』など、低予算ながら大ヒットした映画は、国内外を問わず意外に多い。それらの作品に共通しているのは、低予算というハンディを補って余りある、“斬新なアイデア”と“優れたストーリーテリング”だ。 本作『入国審査』も、そのふたつの要素をしっかり満たしている典型的な低予算映画。まず、その必須条件のひとつ“斬新なアイデア”。海外渡航で最初に緊張を強いられるのが、入国審査だ。地政学的に“入国・出国”という概念にとぼしい日本人にとって、入国審査官の前に立ったときの緊張感は、けっこうな重圧。しかしそれは、我々日本人だけではないらしい。移住のためにバルセロナからNYにやってきた本作の主人公のカップルも、入国手続きを前に緊張している。その“万国共通の緊張感”をモティーフにした“斬新なアイデア”が、まず秀逸。 ふたつ目の、“優れたストーリーテリング”。入国審査で質問に答えられなかったカップルは、別室に連行される。多くの旅行者は、連行された別室でどんな扱いを受けるのかを、知らない。観客を未体験ゾーンに誘導する、その“優れたストーリーテリング”が新鮮。 別々の部屋に隔離されたカップルは、審査官の理不尽な質問に、知られたくない過去を暴かれていく。新天地で希望に満ちた生活を夢見ていた彼らは、審査官の恫喝にも等しい尋問に、「強制送還か、拘束・投獄か」と恐れ慄く。観客もまた、他人事とは思えない緊迫の連続に、戦慄する。実に良く練られた展開が、独創的だ。 媒体資料には、「撮影日数17日間、製作費65万ドルの低予算映画」とある。舞台は、入国審査のブースと空港ビル内の尋問室のふたつ。出演者も、カップルと審査官ふたりの4人のみ。低予算映画のお手本のような設定だ。古くは『メメント』『ブロークバック・マウンテン』、最近では『ムーンライト』『ゲット・アウト』などの名作を選出した「インディペンデント・スピリット賞」(2023)で新人作品賞、新人脚本賞、編集賞の3部門にノミネート。製作国スペインでは大手配信サービスFilminで評判になり、その年のスペイン国内で最も視聴されたという。 監督、脚本はアレハンドロ・ロハスとフアン・セバスチャン・バスケスというほぼ無名の新人コンビ。故郷のベネズエラからスペインに移住した時の実体験が製作の動機、と語る。世界中に分断の嵐が吹きまくっている現実に裏打ちされた“恐怖パニック映画”。フットワークの良さが感じられる、“低予算映画”の佳作だ。
25/7/10(木)