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植草 信和

フリー編集者(元キネマ旬報編集長)

台湾巨匠傑作選2025

昨年の『台湾巨匠傑作選2024』で公開されたワン・トン監督作品『村と爆弾』『バナナパラダイス』『無言の丘』の「台湾近代史三部作」は、改めて台湾映画の魅力と、台湾近現代史を教えてくれた。なかでも二作目の『バナナパラダイス』で描かれた、大陸から台湾に渡って数奇な運命を辿る男の半生は実に興味深く、知られざる戦後台湾史としても勉強になった。全編にあふれるユーモア、奇想天外な物語展開が圧巻、パワフルな傑作だった。 その「台湾近代史三部作」の4年後に作られたのが、本作『赤い柿』(1995)。ワン・トン監督の父親がモデルの王将軍と祖母、母親、子供たちの十数年間を描く自伝的作品。今回の『台湾巨匠傑作選2025』で我が国劇場初公開、台湾映画やワン・トン作品のファンにとってはこの上ない朗報だ。 1949年、国民党軍の王将軍一家が国共内戦に敗れ、台湾へ退避してくる。一家は祖母、母親を筆頭に、10人の子供たち(!)の大家族。だが、父親の退役とともに、暮らしは逼迫。養鶏や食料蛙の養殖で糊口をしのぐ苦しい生活を支えたのが、孫たちを慈しむ祖母の家族愛とユーモアだった……。余談だが、このお祖母ちゃん、大の映画好きで孫たちを引き連れてよく映画館に行くのだ。そこで見るのが何と、三船敏郎が宮本武蔵に扮した『決闘巌流島』(『宮本武蔵 完結篇 決闘巌流島』/稲垣浩監督/1956年) !!! 武蔵と小次郎の決闘をめぐってのお祖母ちゃんと孫たちの会話が、メチャ楽しい。 タイトルの『赤い柿』は、大陸での住まいの中庭にあった大きな柿の木と、ワン・トン監督の祖母が所蔵していた斎白石の名画「五世(柿)其昌」から採られている。斎白石は現代中国画の巨匠で、「五世(柿)其昌」はワン一族盛衰の象徴としてインサートされる。 大陸から台湾に移住した外省人の物語と言えばすぐ思い浮かぶのが、ホウ・シャオシェン監督の1985年作品『童年往事 時の流れ』だ。広東省から一家で台湾に移住した少年の成長を描いた、ホウ監督の自伝的作品。『赤い柿』と『童年往事…』は、台湾映画を代表する両監督の少年・青年時代をテーマにした自伝的作品、という共通点を持っている。パワフルな喜劇性にあふれたワン・トン作品群、リリシズム豊かなホウ・シャオシェン作品群は、現代台湾映画を牽引した二大潮流だった。 ワン・トン監督の父親がモデルの王将軍をキン・フー監督作品の主演で知られる名優シー・チュン、おばあちゃん役を本作が遺作となった「陶姑媽」の愛称で知られたタオ・シューが演じている。1942年生まれのワン・トン監督は現在83歳、もう新作は望めないかもしれないが、『セデック・バレ』のウェイ・ダーション監督のアドバイザーとして関わっているという『台湾三部曲』の完成が、待ち望まれる。

25/7/17(木)

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