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平辻 哲也
映画ジャーナリスト
レイニーブルー
25/7/18(金)
アップリンク吉祥寺
紹介するのは、少し勇気がいる作品だ。というのも、本作は上映、制作現場をめぐる係争が生じており、議論が渦巻いているからだ。私自身もしばらく逡巡した。しかし、それでもあえて言いたい。この映画は、どうしても観てほしい。 現在21歳の柳明日菜の監督デビュー作。通信制高校に通っていた19歳の時にメガホンを取り、自らが主演。高良健吾、笠智衆の孫、笠兼三、小沢まゆ、中島瑠菜ら熊本ゆかりの俳優が脇を固めた。 主人公は映画同好会でたったひとりの部員である高校生・中山蒼(柳)。部室で見つけた古びた脚本をきっかけに自身の進路や家族、友人との関係に葛藤しながら成長していく姿を描く。 幼い頃は医師を目指していたという柳監督がエンタメの世界に魅了されたのは、笠智衆の出身校でもある玉名高校1年の時。演劇を起点に、くまもと復興映画祭に参加。そこで山中貞雄監督の『丹下左膳余話 百萬両の壺』(1935)と林海象監督の『夢みるように眠りたい』(1986)に出会い、「20歳までに映画監督になる」と決意したのだそうだ。 そこからは夢の実現のために逆算。17歳の時には約1年間、高校を休学し、映画の現場でスクリプター(記録係)を務めるなど実地で映画制作を学んだというから、ちょっと恐ろしいくらいの新人監督だ。 物語は柳監督の経験、当時の思いが色濃く反映されている。岱明(たいめい)海床路、阿蘇の鍋ヶ滝など熊本各地で行った絶景ロケーションも、主人公の心情とマッチして、魅力的だ。劇中にはクラシック映画のオマージュも。監督自身が語り手となって、ファンタジックに展開される物語はフェデリコ・フェリーニ監督作品の影響も感じられる。 どんなに優れた映画であっても、観客と出会わなければ完成しない。早くトラブルが解決し、『レイニーブルー』が多くの人に届くことを、心から願っている。
25/7/25(金)