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植草 信和

フリー編集者(元キネマ旬報編集長)

大統領暗殺裁判 16日間の真実

昨年12月の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領の戒厳令発令(戦後だけでも17回目!)をもち出すまでもなく、韓国政界は魑魅魍魎が跋扈する複雑怪奇な世界だ。選挙よりも地縁・血縁によって選ばれる大統領は、罷免されるか暗殺されるか、というケースが頻発する異常さ。そのいびつな奇怪さを最初に教えてくれたのは、中薗英助の『拉致 小説・金大中事件の全貌』とその映画化作品『KT』(2002)だった。韓国のもっともリベラルな政治家といわれた金大中が日本滞在中に、独裁者朴正煕大統領の命令で拉致された「金大中事件」の顛末を描いて、小説・映画ともに韓国政界の奥深い闇に迫った異色作だった。 それから十数年、『1987、ある闘いの真実』『タクシー運転手 約束は海を越えて』『KCIA 南山の部長たち』『ソウルの春』など、史実に基づいたポリティカル・フィクションが数多く作られた。全てが、魑魅魍魎が跋扈する韓国の政治土壌から生まれた傑作ばかり。本作『大統領暗殺裁判 16日間の真実』もその1本で、これまでに描かれることのなかった「政治裁判」の裏側にメスを入れている。 朴正煕大統領が側近の中央情報部(KCIA)部長金載圭によって暗殺されるまでを詳細に描いて、衝撃的だった『KCIA 南山の部長たち』。『大統領暗殺裁判 16日間の真実』は、「韓国史上最悪の不当な裁判」と言われるその裁判をテーマにした異色中の異色作。裁判長席の裏側から何度も密かに法廷へメモが届けられたことから「メモ裁判」、あるいは最初の公判からわずか16日後に最終判決が下されたことで「性急裁判」と呼ばれている、謎だらけの裁判だ。 大統領暗殺事件の裏側でどんな権力闘争があったのか、暗殺はなぜ行われたのか、メディアはどのように沈黙を強いられたのか……。主人公は3人。事件に巻き込まれた中央部情報部長の随行秘書官パク・テジュ、公正な裁判を求めて戦う彼の弁護士チョン・インフ、巨大権力の中心である合同捜査団長チョン・サンドゥ。裁判を通して、歴史の暗部に光を当てようとする作り手の熱意が伝わってくる力作だ。 この韓国史上最悪の裁判とも言われる「大統領暗殺裁判」を、弁護する者、裁かれる者、裏で操る者、それぞれの目線でドラマチックに作り上げたのは、『王になった男』のチュ・チャンミン監督。慄然、鮮烈の124分、圧巻の「裁判映画」だ。

25/7/30(水)

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