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柔軟な感性でアート系作品をセレクト

恩田 泰子

映画記者(読売新聞)

サタンがおまえを待っている

なぜ、にわかには信じがたい言説を多くの人が信じてしまうのか。そんなふうに感じることがますます増えてきた昨今、他人事とは思えないドキュメンタリー。題材は1980年代、北米で広がった「サタニック・パニック(悪魔のパニック)」現象。悪魔崇拝者たちが子供たちにおぞましい所業をはたらいているという話が拡大し、「悪魔崇拝者」と断じられた保育士らが告発されるケースも続発した。パニックに火をつけたのは、「ミシェル・リメンバーズ」という本と、その共著者であるカナダ人のミシェル・スミスとローレンス・パズダー。ミシェルは患者、ローレンスは精神科医。セラピーを通してミシェルが封印していた幼少時のいまわしい記憶──悪魔崇拝者による儀式=虐待──が明らかになったというが、荒唐無稽な証言を裏付ける物証はない。ただ、テレビショーなどは飛びついた。聖母マリアに救われたというミシェルは地元神父らとともにバチカンにも行った。本はベストセラーになった。精神医学会、警察、FBIも巻き込んでことは大きくなった。なぜ、きわめてあやしい話に世間は揺さぶられたのか。そもそもふたりは何を求めて本を出したのか。かつてのテレビ番組やインタビューの様子、家族や友人、サタニック・パニック関連の捜査にかかわった人々の証言、学者やジャーナリストらの分析、記録好きのローレンスが残した映像と音声を通してたどっていく。そして浮かび上がってくるのは、さまざまな「欲望」の存在。権力欲、金銭欲、愛欲……。恐るべきラブストーリーでもある。

25/7/31(木)

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