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監督、役者に着目して選んだこの映画

樋口 尚文

映画監督、映画評論家

Dear Stranger/ディア・ストレンジャー

これはまたよくぞこういう企画が通ったものだというあっぱれな異色作である。ニューヨークの多国籍な知的セレブリティの夫妻の子どもが行方不明になるサスペンスというのが企画で、それを西島秀俊と『薄氷の殺人』『鵞鳥湖の夜』という傑作に主演した台湾の演技派グイ・ルンメイの共演で描くという建付けであれば、確かに商業的に成立しないわけでもない感じもするのだが、映画の実体はそういうものとはまるで違う。文化も言語も違う夫妻が、さらにそれぞれのホームではない大都会で暮らすという状況のなかで、この夫妻が辛うじてやり過ごしていた不安やエゴが、息子の事件を起爆剤として一気に噴出する。すでに映画の軸はその事件のほうではなく、夫妻の秘めたる孤独と齟齬の炙り出しが本作の正体であることが見えてくる。そしてそのふたりのすれ違い(の自覚)は果てしなく彼らを想定外の深淵に追いやることになるのだが、こうした映画の相貌のじわじわとした変化が本当に観ていてぞくぞくとするような、本質的なサスペンド感を醸して目が離せない。 モチーフとして効果的に活かされる人形劇の巨大パペットの、悲しいのかおかしいのか判じ難い表情がまさにこの映画の深部での「読めなさ」にリンクして、魅力的な不穏さを漂わせる。この不穏な蠱惑を全篇にまぶして人の孤独と狂気を凝視する真利子哲也監督の手腕には瞠目するばかりである。

25/9/4(木)

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