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政治からアイドルまで…切り口が独創的

中川 右介

作家、編集者

遠い山なみの光

1980年代のイギリスで日本人女性が、若かった1950年代の長崎での暮らしを思い出しながら語る構成。原作はカズオ・イシグロの小説。 大半は回想シーンで、戦後間もない時代の長崎にいる女性が、もうひとりの女性と出会い親しくなり、そして翻弄される。そのふたりを演じる、広瀬すずと二階堂ふみを見るための映画と言っていい。広瀬は直感的に演技しているように見え、二階堂は計算しつくしているように見えるが、本当は逆なのかもしれない。ふたりは親しげではあるが、絶対に理解し合っていないという映画の登場人物としての関係性が、ふたりの女優の演技の噛み合わなさによって表現される(「噛み合わない」というのは批判ではないです、念のため)。 ふたりのシスターフッド的物語と並行して、広瀬演じる女性の夫とその父(つまり義父)という「戦争に負けた男たち」のドラマもある。義父は新しい時代になったと分かっていながらも、対応できない。夫と義父の間にも過去に何かあったらしい。やがて義父には大きな試練が訪れる。 敗戦直後の日本、しかも原爆が落とされた長崎を舞台にしているので、戦後の開放感もあれば、まだまだ暗く貧困な部分もあり、その混沌さが落ち着いた色調の画面から感じられる。そしてそんな時代、女性たちはたくましく生きていったのだなあと思っていると、思いがけない展開となる。 最初は、単純な昔話かと思っていたが、どこか不自然で、疑問が湧いてくる。過去のシーンとして見えている「思い出」と、現代のシーンで見えて聞こえている「事実」との間に矛盾があるように思えるのだ。 見終わってしばらく、何もかもが信じられなくなる。自分が見ていたのは、いったい、誰のどんな物語だったのだろうと、確認したくなり、二度、三度と見たくなる、不思議な魅力のある映画。

25/9/2(火)

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