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演劇鑑賞年300本の目利き

大島 幸久

演劇ジャーナリスト

文学座アトリエの会『野良豚 Wild Boar』

“天安門事件”はご記憶だろうか。中国で民主化要求運動が軍によって武力弾圧され、凄惨な光景が日本でも報道された。1989年、昭和64年・平成元年の6月4日。“八九六四天安門事件”である。あれから36年が経った。『野良豚(いのしし)』はその事件を背景にしている。 まず作者に注目する。莊梅岩。香港の女流劇作家だ。2011(平成23)年に執筆されて翌年、香港で初演された今作。「文学座通信」で本人が語ったのはこの時期、「まだすばらしい時代」、しかし「報道の自由度が低いことに衝撃を受けた」という。2020年に国安法(香港国家安全維持法)が施行されて以降、状況は激変したのだ。彼女の代表作『5月35日』がこの6、8月に上演されたばかりでもある。 物語は新聞界で進む。 「このマチ」の学者・モナム教授が行方不明になった。マチの開発プロジェクトに関わっていることが発覚したのだが、どうやら要因のひとつらしい。新聞のベテラン新聞編集長・ユンマンサン(清水明彦)は真実を伝えるため新しい新聞社を立ち上げ、妻・トリシア(上田桃子)はユンの有力な部下だったジョニー(山森大輔)に協力を求める。調査が進むとある真実が浮かび上がって、という展開だ。 劇場が文学座アトリエなのも注目してほしい。東京・信濃町に建つアトリエは昭和25(1950)年に竣工されて今年75年。ここでは演出の木村光一が活躍し、別役実、つかこうへい、金杉忠男らの劇作を上演。実験的、意欲的な作品で刺激を受けたものだ。 人とは忘れるのが得意な生き物だが、本当に大切なものは忘れてはいけない。報道の自由を闘い、人間の自由を問い直す作品だろう。どうやら喜劇味を含むようだが、その笑いの後ろに隠された何かを見逃さないように──。

25/9/4(木)

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