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演劇鑑賞年300本の目利き

大島 幸久

演劇ジャーナリスト

劇団民藝『聴衆0の講演会』

中井正一をご存知だろうか。知る人ぞ知るというか、文化人にとっては美学者の巨星なのです。嶽本あゆ美・作・演出『聴衆0(ゼロ)の講演会』は中井の半生の劇化。今年は生誕125年。グッドタイミングだ。 ちょっぴり、自慢気に、付け焼き刃の豆知識を紹介しよう。 中井は愛し育った故郷・尾道の自慢話になると止まらなかった。海の景色、海の魚が旨い。大声で怒鳴るように歌ったのが『琵琶湖周航の歌』。小田実は中井の著作を「正攻法の魅力」と絶賛していた。 中井は京都大学の講師となるが、反ファシズム文化運動に参加し、治安維持法違反で検挙される。その後、尾道市立図書館長や国立国会図書館の初代副館長に職を得た。その間、広島知事選に落選。タイトルの「聴衆0」とは、尾道で開いた文化講演会で、話の難しさゆえに聴衆が減り、ついに母だけになったことを指している。 その母は明治33(1900)年に中井を産んだのだが、当時、成功率が低かった帝王切開手術で出産している。物語はその母と息子の絆を中心に描かれるようだ。 『オットーと呼ばれる日本人』で好演した神敏将が中井を演じ、84歳になった樫山文枝が母・千代、その千代が選んだ嫁が桜井明美。劇団の有望株、神保有輝美が『荷車の歌』の著者・山代巴。中井家を支える魚屋の魚トクが佐々木梅治。 それにしても、中井正一に目を付けた嶽本は偉い、驚いた。

25/9/11(木)

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