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植草 信和
フリー編集者(元キネマ旬報編集長)
バレンと小刀 時代をつなぐ浮世絵物語
25/10/10(金)
角川シネマ有楽町
今、映画『国宝』の大ブレイクで若い歌舞伎ファンが急増し、大河ドラマ『べらぼう』の影響で浮世絵が脚光を浴びている、といわれている。歌舞伎座での『This is KABUKI 体験!「義経千本桜」が誘う歌舞伎の世界』やCREATIVE MUSEUM TOKYOでの『HOKUSAI―ぜんぶ、北斎のしわざでした。展』 などのイベント、まもなく公開される、葛飾北斎とその娘応為(おうい)を主人公にした映画『おーい、応為』(大森立嗣監督が10年近く温めていたという企画)の登場も、そんな背景と無関係ではないだろう。 本作『バレンと小刀 時代をつなぐ浮世絵物語』は、江戸の木版画技術を駆使して、現代アーティストの作品を「現代の木版画」にしようと奮闘する、「彫師」「摺師」ら職人たちの仕事を追ったドキュメンタリー映画。「絵師」に指名されたのは、草間彌生、ロッカクアヤコ、ニック・ウォーカー、アントニー・ゴームリーなど、38名の世界的アーティスト。彼らの個性豊かな作品を、現役「彫師」「摺師」らが「版画」にしようと奮闘する姿を、およそ5年かけて撮影し続けた作品。ニューヨーク、ベルリン、ロンドンでの「絵師」たちの創作現場まで描く、「アダチ版画研究所」による一大プロジェクトだ。その浮世絵技術を現代に受け継ごうとするスタッフたちの意気込みがすごい。 ちなみにタイトルの「バレン」とは、絵具を塗った版木の上に置いた和紙を摺る画具。「小刀」とは木版を彫る彫刻刀。和紙に色彩を浮かび上がらせるバレン、版木に凹凸をつけていく小刀、ともに浮世絵に生命を吹き込む、木版画制作には欠かせない画具の両輪だ。 江戸時代に隆盛を極め、モネやゴッホなどの印象派にも影響を与えた浮世絵。しかし、北斎や歌麿の名前は知っていても、それがどのような工程で“作品”になったのか素人には分かりにくい。本作では美術館のキュレーターと観客の対話をとおして、その歴史、工程、作品の魅力を学び、「彫師」「摺師」の作業する映像をモンタージュさせながら、浮世絵版画の全体像を俯瞰する、という構成。実に懇切丁寧を極めた手法だ。 監督は『≒草間彌生~わたし大好き~』『氷の花火 山口小夜子』の松本貴子。松本は本作について以下のように語る。 「AIの時代に、この地道な作業は必要なの?と何度も思ったけれど、完成した作品を見ればその疑問も吹き飛ぶ。現代アーティスト達と伝統職人の異種格闘技ともいえるこの取り組みを、映画というかたちでまとめられたことは大きな喜びです」 世界に通用する日本独自のコンテンツであるマンガ、アニメの礎となった「浮世絵」。その歴史、現代との関連性を知ることができる、最良のドキュメンタリー映画としておススメしたい。
25/9/23(火)