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文学、ジャズ…知的映画セレクション
高崎 俊夫
フリー編集者、映画評論家
安楽死特区
26/1/23(金)
新宿ピカデリー
高橋伴明は、『夜明けまでバス停で』(2022)から明らかに大いなる変貌を遂げたといえよう。ピンク映画の傑作を量産した時代から、社会の周縁に生きているアウトローたちへの深いシンパシーを滲ませた作風は一貫しているが、その対象への深い思い入れゆえに、時には過剰なセンチメンタリズムへと傾斜する癖がなきにしもあらずであった。しかし、『夜明けまでバス停で』では実話をベースに、貧困という過酷な現実をテーマに見据えながらもアナーキーな吹っ切れた笑い、爽快感すら抱かせたのだ。 『安楽死特区』は、日本で「安楽死法案」が可決され、国家戦略特区として「ヒトリシズカ」という施設が誕生したらという想定に基づく近未来ドラマである。 主人公は、若年性パーキンソン病を患い、余命半年と宣告されたラッパー酒匂章太郎(毎熊克哉)と恋人のネット記者の藤岡歩(大西礼芳)。ふたりは特区の実態を暴く記事を書くために「ヒトリシズカ」に潜入したのだが、次第に、迫りくる“死”に向き合い、熾烈な葛藤を抱えて苦悩する入居者たちと交流を深める過程において、徐々にある“転回”を強いられる。 映画は、ディストピアの悪夢を描いたリチャード・フライシャーのSF映画『ソイレント・グリーン』(1973)を想起させながらも、のっぴきならない“死”という過酷な現実を見つめる、どこか澄み切った眼差しが、映画全篇を覆い尽くしている印象がある。 それは、団塊の世代である監督の高橋伴明、脚本の丸山昇一が抱いている、身近に生起するリアルな“死生観”の反映でもあるだろう。そして、それは当然ながら、映画を見ている側、たとえば私のような否応なく老境に足を踏み入れてしまった人間にも、ひたひたと押し寄せてくる切実なる感慨でもある。 主人公をラッパーにしたことの真の意味は、やはり、感傷よりも祝祭をという破天荒なメッセージを謳い上げる、意表を突くラストシーンで一挙に明かされる。高橋伴明は老いてますますカゲキになっているなあと実感した。その初々しいまでの新境地に拍手を送りたい。
25/12/29(月)