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文学、ジャズ…知的映画セレクション
高崎 俊夫
フリー編集者、映画評論家
ブルームーン
26/3/6(金)
新宿ピカデリー
リチャード・リンクレイターといえば、近々、『勝手にしやがれ』のバックステージものともいうべき『ヌーヴェルヴァーグ』が封切られるはずだが、急遽、公開が決まった彼のもうひとつの新作『ブルームーン』は、なんとリチャード・ロジャースとの名コンビで知られた天才作詞家ロレンツ・ハートの晩年の舞台裏を描いている。このあまりにシブい映画はアメリカのポピュラーソング、ジャズのスタンダード・ナンバーに関心がある者なら絶対に見逃してはならない。 1943年、作曲家リチャード・ロジャースが、長年のパートナーであったハートに代わって新たにコンビを組んだオスカー・ハマースタイン二世と手がけたミュージカル『オクラホマ!』の初演の夜、ブロードウェイのレストランでパーティが開催されている。 映画は招待されたハート(イーサン・ホーク)のひとり語りで進められる。バーのカウンターでバーテンダーとピアニストを相手に、『カサブランカ』の話題に転じると、ピアニストがすかさず『アズ・タイム・ゴーズ・バイ』を弾く。こんなふうに、あたかも映画自体が『カサブランカ』の酒場のシーンを拡張し、再現しているようなノスタルジックな趣向なのだ。 和田誠は、スタンダード・ナンバーを解説した名著『いつか聴いた歌』の中で、リチャード・ロジャースの作曲した『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』『天井に踊る』『私がすきなもの』を取り上げ、ハートと組んだのが第一期、ハマースタイン二世と組んだのが第二期として、次のように書いている。 「彼らの活動はミュージカルが中心だ。ロジャースの第一期から第二期への変質は、ミュージカルそのものの変質にも原因があるような気がする。すなわち第二次大戦後はミュージカルのスケールが汎アメリカ的になっていった。⋯⋯かつてニューヨーカーだけを楽しませていたブロードウェイが、お上りさんたちにも人気が出るようになった。ちょいと粋な感覚を持った人たちを相手にしていたミュージカルが、家族向けの健全娯楽になっていく傾向にあった。ロジャース=ハマースタインのコンビはこの傾向にぴったり合ったと言える。ハートとのコンビの曲が小粋な都会派だったのに比べると、ハマースタインとのコンビは全国派と言ってもいいだろう。」 目の覚めるような鮮やかな分析である。まさに映画の中でハートは『オクラホマ!』を「田舎くさい!」と罵倒しまくっているが、エンタテインメントの世界においては、すでにハートの洗練されたロマネスクな言葉の魅力を必要としなくなっていたのだ。 イーサン・ホークは、コンビ解消への不安、ハマースタイン二世への嫉妬、さらには実生活においてホモセクシュアルで、アルコール依存症に深く苦しんでいたロレンツ・ハートを時には軽妙に、時には皮肉たっぷりに演じていて見事である。 そして何と言っても、『時さえ忘れて』『マンハッタン』『マイ・ロマンス』『ロマンティックじゃない?』そして『ブルー・ムーン』etc.と全篇に流れる名曲の旋律と歌のなんという美しさ! 映画ではこの名コンビ作以外にも『スターダスト』『縁は異なもの』などスタンダード・ナンバーがふんだんに使われ、さながら、20世紀が生んだアメリカの偉大なソングライターたちへ捧げた哀惜に満ちたオマージュといってもよい仕上がりになっている。
26/3/3(火)