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政治からアイドルまで…切り口が独創的

中川 右介

作家、編集者

君が最後に遺した歌

原作は未読で、詳しい知識なしに見たが、タイトルだけで悲劇だと予想できるし、冒頭から、男性の回想として「君が」と呼びかけるように始まるので、これは悲劇だなと確信した。そう、「ハンカチをご用意ください」というタイプの映画。そして、その予想通りに展開していく。しかし、「お涙ちょうだい映画」と侮ってはいけない。けっこう深いのだ。 前半の舞台は地方の高校。20代なかばの道枝駿佑と生見愛瑠が、ちゃんと高校生に見える。まずは、最悪の出会いをしたふたりが、親しくなっていくという恋愛ものの王道パターンで始まる。道枝は内向的で目立たない男子で、詩を書いているが、公務員になるのが将来の夢という現実的な少年。生見は発達性ディスレクシアという、文字の読み書きが困難という障がいがある。だけど音楽の才能があって、作曲もでき、なにより歌唱力がある。 そこでふたりは、彼が作詞し、彼女が作曲して歌う曲を作っていくことになる。彼女は文字は読めないが、記号の判別はできる。そこで◯とか△にさらに色を付けて文字の代わりにして曲を作っていく。こういうシーンは映画ならではで、音楽が鳴り響くので、新しい音楽の誕生に立ち会える。 曲作りを通じて友情は同志愛になり、恋愛になりかけるが、生見が東京のレコード会社に認められてデビューすることになって、ふたりは恋の手前で別れることに。これが予告編などで描かれる部分で、これだけでも悲恋なのだが、あくまで前半。 数年後、道枝は市役所職員になっており、生見はミュージシャンとして大成功している。この映画は省略がうまい。生見演じる天才少女がデビューする寸前までは描くが、デビューして売れていく過程は、それなりにドラマチックなはずなのに、飛ばしてしまう。この飛ばし方がいい。大成功した後のコンサートのシーンは、ホールに観客を入れて演奏し歌っており臨場感がある。音楽映画としても秀逸だ。 そしてふたりは再会して結婚して出産と、ここもテンポよく描く。だが幸福な結婚生活は暗転する。 そこからの大きな悲劇も、凡庸な脚本家と監督だと、力を入れて大号泣シーンにするところを、飛ばしてしまう。だからこそ余韻があって、かえって悲しい。 生見は高校生、人気ミュージシャン、若いママという揺れ幅の大きな役を演じ分け、道枝は彼女を二度失うのだが、その異なる喪失感を見事に演じ分けている。寂しさが似合う俳優だ。 いろいろあって、ラストシーンが本当の号泣シーンになるのだけど、希望があるので救われる。 見終わって、「君が最後に遺した歌」がいつまでも頭のなかで鳴り響く。

26/3/20(金)

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