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日本映画の新たな才能にフォーカス

イソガイマサト

フリーライター

シンプル・アクシデント/偶然

1995年の長編初監督作『白い風船』でフィクションからいきなり現実に引き戻される予想だにしない展開に慄いて以来、目が離せない存在になったイランの巨匠ジャファル・パナヒ。イラン政府からの度重なる弾圧で映画制作を制限され、自宅軟禁や2度の投獄を経験したその不遇の人生を知る映画ファンは、あり得ないぐらいの最悪な状況下でなぜほかの人には撮れない力強い、スゴい映画が撮れるのだろう? という驚きを毎回感じてきたが、今回はその最たるものだった。 ワヒドが働く工房に、ひとりの男が車の修理を求めてやってくる。だが、その男の義足を引きずる音を耳にした瞬間、ワヒドは男が“義足”のあだ名で恐れられ、かつて政治犯として投獄された自分に残忍な拷問を与え続けた看守のエグバルと確信。復讐を果たすべく拉致した彼を荒野に生き埋めにしようとするが、男は「人違いだ」と言い、エグバルの顔を見たことがないワヒドにも迷いが生じて……。 こんな映画はやっぱりパナヒにしか撮ることはできない! 社会派サスペンスとして普通に楽しむこともできるけれど、パナヒの怒りやユーモアが感じられるし、ドキュメンタリーと見間違う生っぽい芝居と計算され尽くした映像設計で衝撃のクライマックスへと突き進む筆致がとんでもなく力強い。 パナヒのことや本作が第78回カンヌ映画祭で最高賞のパルムドールを受賞したことを知っている人は間違いなく映画館に足を運ぶだろうが、そうじゃない人にも観て欲しい。こんな映画とはそうそう出会えないから。

26/5/14(木)

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