水先案内人のおすすめ

評論家や専門家等、エンタメの目利き&ツウが
いまみるべき1本を毎日お届け!

映画は、演技で観る!

相田 冬二

Bleu et Rose/映画批評家

黒牢城

本木雅弘が発声を変えていて、初登場場面がまあまあ遠目からだったので、当初にわかには彼だと思えなかった。見た目は本木だが、誰か別な役者で、そのトリックが映画に何らかの意味をもたらすのかもしれないなどど妄想が一人歩きするほどだった。 時代劇であるということ、武将であるということが無論関係しているとは言え、単にしゃがれ声というだけに留まらない、妙に大らかな陽気さもそのフォルムには宿っていて、困惑すると同時に引き寄せられた。キーパーソンである菅田将暉が、ある意味、いつもの菅田将暉であるから、本木雅弘の変容が際立つ。 この鈍い衝撃が最後の最後まで続き、正直、物語の推移などどうでもよく、時折クローズアップになる本木の顔面を目の当たりにしても、こちらの正体不明の疑問が解消されることはなく、この主人公が何者であるか、何を考えているのか一切不明であるということが本作最大の魅力であり、本木の謎の変身はそのためにあったとしか言いようがない。 本木雅弘が企んだのか黒沢清が企んだのかはよくわからないが、そうしたバックヤードも含め、不明瞭であるということが、『黒牢城』という映画においては何とも言えない味わいを醸し出しており、確かに主人公は状況的には追い詰められているし、神経衰弱と言ってもよい精神のはずなのだが、一方で、何も感じていない、あるいは、どうなってしまっても一向に構わないといった風情が、不用意に観客の気持ちにまとわりつき根底にこびりつく。だから、もう、参りました、と口にするしかない。 本木雅弘の妻役の吉高由里子も凄い。吉高は菅田将暉同様、わたしたちが知っている吉高ではあるのだが、彼女の特性である微塵も揺らぐことのないありようが極まっており、ことによると吉高キャリアのベストアクトの可能性もある。出て来るたびに相手をノックダウンさせる、素手で拳闘しているような演技であり、観客もまた脳震盪を起こすだろう。 長回しの多様が目立つ作品だが、夫婦の場面でそれはとりわけスパークする。凄まじいパンチを何度でも繰り出す吉高由里子と、パンチドランカーになりながらも何も感じていないように思える本木雅弘。わたしたちは一体何を見ているのかわからなくなり、ただただ呆然とするしかない。

26/6/7(日)

アプリで読む