幕張メッセ公演でのツアー初日(4月20日千葉・幕張メッセ国際展示場9-11ホール)、開演前の注意事項を告げるお決まりの場内アナウンスにもかかわらず、復活への期待を表すかのようにアリーナから地鳴りのように湧き起こった大歓声。そのアンコールで、江島啓一(Dr)が見せた涙。ツアー中盤、ポートメッセなごや公演で会場に響き渡った「新宝島」での“ラララ”大合唱。そしてツアーファイナルを迎えた神奈川・ぴあアリーナMM公演で山口一郎(Vo, G)が発した「5人で帰ってきました」の言葉。
全国8都市を回ったサカナクション約2年ぶりとなるアリーナツアー「SAKANAQUARIUM 2024 "turn"」。追加公演となった、神奈川・ぴあアリーナMMファイナル2daysをもって、サカナクションは無事に全15公演を終えた。筆者はこのうち5公演を観たが、毎回、異なる新たな感情が掻き立てられるツアーであり、印象に残った出来事は山のようにあったが、その中でも特に印象深かったのが、冒頭で紹介したシーンであった。
2020年、世界中をコロナ禍が覆い、音楽・エンタテインメント界の動きがストップした時でもサカナクションは発信し続け、コロナ禍で見出した新しい音楽表現手法として画期的なオンラインライブを2度も行い、アルバムも制作、感染予防対策ガイドラインに沿って全国ツアーも実施。しかし2022年5月、山口はメンタルに支障をきたし、同年7月から休養期間に入ることが発表された。
山口の休養中も、メンバーの江島、岩寺基晴(G)、草刈愛美(B)、岡崎英美(Key)はサカナクションとして制作を続け、DJなど個人で活動を行うメンバーもいたが、サカナクションとしてのライブ活動は休止せざるを得なく、先の見えない状況にバンドの将来を危惧するメンバーもいた。そして山口自身、「ミュージシャンに戻れないかもしれない」「ステージに立てないかもしれない」という不安と、孤独に闘っていた。バンドが迎えた最大の危機。そこから、山口の回復を待ちつつ、メンバー同士の絆を改めて見つめ直し、約2年間の時を経て5人揃ってステージに帰ってきたのが今回のツアーだった。そのタイトルは、「方向を変える」「変化させる」「転換点」といった意味を持つ「turn」と名付けられ、サカナクションの「完全復活」が宣言された。
今回のステージを観て真っ先に感じたことは、とにもかくにも「これぞサカナクション!」という象徴的な演出が、これでもかというほどに組み込まれていたこと。ある意味では、ファンに対する出血大サービスとも言える演出で、例えば、「Ame(B)」で始まるオープニングは、彼らが初めて武道館のステージに立った「SAKANAQUARIUM 2010 (B)」を彷彿とさせるものだったし、「アイデンティティ」から「ルーキー」への流れは2012年のライブ以降、フェスでもお馴染みの彼らの代表的なパフォーマンスだ。
「プラトー」の演出は、そのままミュージックビデオにもなっている2022年のオンラインライブ「SAKANAQUARIUM アダプト ONLINE」を踏襲し、「『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』」から始まるDJコーナーで、ステージを覆った巨大な幕が真ん中から菱形に開閉するアイリス幕の仕掛けは、2015年のツアー「SAKANAQUARIUM 2015-2016 “NF Records launch tour”」のオープニングで大いに話題となった演出だ。1曲ずつすべてを説明したくなるほど、カッコいいサカナクションが凝縮されたライブであった。
しかも、それらが単なる過去の寄せ集めとならずに、ライブに一貫したストーリー性を持たせつつ(例えば、雷鳴が轟き、暗雲立ち込めるオープニングは、サカナクションの2年間を表現していることは容易に想像できる)、その狭間で「ユリイカ」で映し出されたモノクロの東京や「流線」のオイルアートなどに代表されるアート性、さらにチアガールに新たにチアボーイも加えた「新宝島」や、完全復活を派手に祝う「陽炎」など、サカナクションならではのユニークさもアップデートした演出で、きちんと新しさを生み出していた点はさすがのひと言。これらライブ演出を担った田中裕介氏の力量は見逃せない。
中でも、一部で“サカナトライブマーク”と呼ばれる両手で作り出す三角形をイメージさせるステージセットは、バンドとチーム・サカナクション、そしてファンによる三位一体感を想像させつつ、サカナクションの過去と現在、そして未来をつなげようとする田中氏の意志のようにも感じられた。また、5人が横一列に並んで演奏するステージングも、2020年にコロナ禍により日程を残して中止となってしまったツアー「SAKANAQUARIUM 2020 "834.194 光"」ので演出のリベンジでもあっただろう。
リベンジと言えば、本ツアーで新たに導入された音響システム「SPEAKER+」も忘れてはならない。サカナクションのライブで音響と言うと6.1chサラウンドが有名だが、今回の「SPEAKER+」はサラウンドとは違い、基本はLとRから成るステレオサウンド。しかし、スピーカーの配置を増やすことで音響的な死角を減らし、全席が「音の特等席」となるように練り上げられた、こだわりの独自システムだ。
このシステムを長年サカナクションのライブ音響を手がけるPAエンジニア佐々木幸生氏がコントロールすることで、サカナクションの歌と演奏を、どのエリアでも最高級サウンドで、なおかつ、耳に負担がかからない爆音で楽しむませてくれた。このシステムも、実は2020年にぴあアリーナMMと大阪城ホールで公演される予定だった「SAKANAQUARIUM 2020 "834.194 光" SPEAKER+」での導入がアナウンスされながら、コロナ禍で中止に。それを今回、満を持して全ツアー会場で導入したのだった(音響に関して付け加えると、ツアーファイナル2daysで実施されたライブ配信のサウンドは、レコーディング・エンジニアで、サカナクション・ライブのマニピュレートも担当している浦本雅史氏が手がけていた)。
ここまではサカナクションのライブを支えるチーム・サカナクション(スタッフ陣)の隠れた功績をフィーチャーして紹介してきたが、これほどまでに各ジャンルのプロ中のプロたちが全身全霊をかける最大の理由は、何をさしおいても、サカナクションの音楽がそれに値するものであるからに他ならない。特に今回のツアーで披露された全22曲(アンコールを含む)は、彼らのオーバーグラウンド/アンダーグラウンドの両面における代表曲ばかり(「オールタイム・ベスト」と表現してしまうと、あの曲を演ってない、この曲が抜けていると、まだまだたくさんの曲を加えたくなるので、ここではあえて「ベスト」とは言わないでおく)。それと同時に、いま、山口が歌うべき楽曲ばかりで構成されたセットリストであった。
できることなら全曲の歌詞を掲載したいくらいだが、例えば熱量の高い「Aoi」にしても、じっくりと聴かせる「ネプトゥーヌス」や「ナイロンの糸」にしても、言葉の質量に重みのある「ボイル」や「さよならはエモーション」、みんなを躍らせる「ミュージック」や「夜の踊り子」、ノリの良い明るい「モス」や「新宝島」など、すべての曲で、その歌詞に現在の山口の心境と意志が内包されているように思えてならなかった。それは17年前のデビュー時に作られた「三日月サンセット」や「白波トップウォーター」についても同様だ。
いま聴いても古く感じないという楽曲の表層だけでなく、過去に山口が綴った言葉が、いま現在の山口自身とサカナクションからのメッセージとなっているという、彼らの音楽の一貫性。そう成り得ているのは、各曲を作ったその時々の自身やバンドの状況を音楽に投影しながらも、同時に、時代性に左右されない普遍的な表現を織り込んでいるからである。今回のツアーは、そうしたサカナクションの音楽に対するブレない姿勢を再認識させるものであり、彼らは常に命を削りながら音楽を生み出してきたということを証明するライブでもあった。
そしてもうひとつ、サカナクションの魅力は非効率な部分にこそ宿っていることも改めて実感した。昨今、あらゆる物事で効率が求められ、効率化がすべて善であるかのように言われる世の中だが、こと音楽や芸術において、人々が感じる楽しさや感動、歓びは、非効率な創造にこそある。まさしくサカナクションの音楽/ライブは、自分たちが表現したいと思うものをどこまで妥協なく表現できるか、そこにとてつもないパワーを注入することで実現している。だからこそ、利益を度外視しても、良い音を観客に届けるために膨大な数のスピーカーを使い、「新宝島」のためだけにチアガール&ボーイを、「夜の踊り子」のためためだけに2人の舞踊家をツアーゲストに迎えたのだ。
それを「非効率だ」と削っていけば、いつしか音楽やライブは、消費されるためだけのエンタテインメントと化してしまう。しかしサカナクションは、たとえ非効率であっても、実現したい表現や、聴衆に届けたい想い優先させ、それが結果として、表現の受け手である観客を楽しませるエンタテインメントへと昇華させることにこだわり、消費されない音楽を創造することで、サカナクションでしか実現できないライブを作り続けているのだ。
今回のツアーでも、音楽に対する真摯な姿勢を変わらずに感じさせてくれたサカナクション。その中で、彼らに新しい表情も感じることができた。これまで自己と極限まで向き合い、自身の内面を徹底的に探究しながら音楽を作ってきた5人だが、このツアーを通して、自己だけでなく、他者と向き合おうとする気配を今まで以上に感じる場面が数多くあった。もちろん、何か具体的に5人がそういった言動をしていたわけではなく、あくまでも感覚的なものだが、ステージでの立ち振る舞いを見ていても、終演後にさり気なく交わす会話の中からも、そういった人と人との暖かなつながりを感じさせる場面が度々あった。これはもしかしたら、山口がMCでもいつも口にしていた「新しいサカナクション」につながる大切な要素になるのかもしれない。
山口曰く、今回のツアー中もまだまだ体調には波があり、本番直前に公演のキャンセルが頭をよぎった日もあったと言う。それでも「ステージに立つと、どんなに調子が悪くてもエネルギーが沸き上がってくるんですよね」と笑った。そして、もう「元の山口一郎」「元のサカナクション」には戻れないと彼は言う。だからこそ、「新しい山口一郎」「新しいサカナクション」になるのだと。
その第一歩となった今回の全国ツアー。ここまで、その印象を長々と書いてきたが、「SAKANAQUARIUM 2024 "turn"」を追ってきた筆者が何よりも強く感じたことは、実は他にある。この2年間の山口およびサカナクションがたどったストーリーを一切知らずに、今回、たまたまサカナクションのライブを初体験した人がいたとしよう。そんな何も知らない人が観ても、「うわぁ、サカナクション、すごい!」と思わせるに十分すぎるほどの演奏力と演出、サウンドであったという一点、何よりも素晴らしく、誇るべきものだったと感じている。まさに、サカナクションの底力を見せつけられたような驚きと感銘を受けたツアーであった。だからこそいま、声を大にして言いたいと思う。
2024年、サカナクションは、正真正銘の完全復活を遂げた。
取材・文:布施雄一郎 撮影:後藤武浩
「SAKANAQUARIUM 2024 "turn"」
2024.7.10 神奈川・ぴあアリーナMM
セットリスト
1. Ame(B)
2. 陽炎
3. アイデンティティ
4. ルーキー
5. Aoi
6. プラトー
7. ユリイカ
8. 流線
9. ナイロンの糸
10. ネプトゥーヌス
11. ボイル
12. ホーリーダンス
13. 『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』
14. ネイティブダンサー
15. ミュージック
16. ショック
17. モス
18. 新宝島
19. 忘れられないの
Encore
20. 夜の踊り子
21. 白波トップウォーター
22. シャンディガフ
FESTIVAL info.
「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2024」
8.12 千葉・千葉市蘇我スポーツ公園
https://rijfes.jp/
「SONICMANIA」
8.16 千葉・幕張メッセ
https://www.summersonic.com/sonicmania/
「WILD BUNCH FEST. 2024」
8.24 山口・山口きらら博記念公園
https://www.wildbunchfest.jp/
「SWEET LOVE SHOWER 2024」
8.31 山梨・山中湖交流プラザ
https://www.sweetloveshower.com/2024/index.html
「ONE PARK FESTIVAL2024」
9.8 福井・福井市中央公園 特設会場
https://oneparkfestival.jp/