Mrs. GREEN APPLEが、デビュー前から開催し続ける自主企画「ゼンジン」シリーズを、今回はスタジアムツアー「ゼンジン未到とヴェルトラウム~銘銘編~」として、兵庫・ノエビアスタジアム神戸2daysと神奈川・横浜スタジアム2daysの計4公演で開催。トータル約15万人を動員したツアーファイナルが、7月21日に横浜で行われた。
これまでにも、アリーナやドーム(埼玉・ベルーナドーム)といった大規模公演を成功させているMrs. GREEN APPLEだが、今回は会場がスタジアムで野外ということもあり、また違った新たな雰囲気を開演前から楽しませてくれた。この日、少し早めに横浜スタジアムに到着すると、既に会場周辺には通称“JAM'S”と呼ばれるファンがたくさん集まっており、いち早く入場しようというよりは、スタジアムの周辺や隣接する公園で休みながら、ツアー限定のコラボフード&ドリンクを楽しみ、フォトスポットや、メンバーのイラストと一緒に撮影ができるスマートフォン用ARを利用して記念撮影を行うなど、ライブがはじまる前から特別な1日を楽しんでいる様子だった。
本レポートの冒頭で、「ゼンジン」はMrs. GREEN APPLEの自主企画シリーズであることを紹介したが、そもそも自主企画とは、読んで字のごとくアーティスト自身が自主的に企画するライブのこと。バンド経験者は知っているだろうが、一般的に若いインディーズバンドの場合、ライブハウス側がイベントを組み、その企画やコンセプトに見合うバンドとして声をかけられるなり、応募するといった形でライブへ出演することが多い。対して自主企画は、バンド側が能動的に企画を練り、日程や内容、出演アーティスト等をすべて自分たちで決めてライブを開催する。
Mrs. GREEN APPLEは、2013年5月20日に初ライブ(通称“青リンゴの日”)を行ったことがよく知られているが、約1年後、2014年7月5日に初の自主企画「ゼンジン未到とコンフリクト ~前奏編~」をキャパシティ230人の渋谷LUSHで開催。会場限定でインディーズでの1stミニアルバム『Introduction』を発売するなど、早い時期から自主的な活動を展開していた。それから今年で10年。昨年末にレコード大賞を受賞し、スタジアムを観客で埋め尽くすクラスのアーティストになっても、彼らは「ゼンジン」にこだわり、それを行い続けている。その理由はどこにあるのだろうか。想像するに、意識的か無意識なのかはわからないが、バンドの存在が大きくなり、周囲の環境がどう変わろうとも、自分たちの足元をしっかりと見つめ直すものとして「ゼンジン」にこだわり続けているのではないだろうか。自分たちの本質を見失わず、信じるべきものを見誤らずにいられるか。大森元貴(Vo, G)、若井滉斗(G)、藤澤涼架(Key)にとって、それはおそらく信頼のおける仲間たちと楽器を奏で、アンサンブルし、歌い、それを観客の1人1人に届ける行為に立ち返ることで、歩むべき道を進み続けようとしているのではないだろうか。つまり、ライブだ。
それならば、Mrs. GREEN APPLEは他にも数多くのライブを行っているじゃないかと思うかもしれない。だが大森がたびたび公言しているように、彼らのライブにはいくつかのライン(コンセプト)が存在し、それぞれで異なる表現手法が取り入れられている。例えば、昨年開催したアリーナツアー「NOAH no HAKOBUNE」やドームライブ「Atlantis」のように、ライブに物語性を持たせたエンターテインメント性の高いストーリーラインや、YouTube限定で公開された「Studio Session Live」のように、楽曲のメロディと歌詞をより深く表現するために、バンドという形態を超えた新アレンジでパフォーマンスを行うもの、また、FC会員限定で開催された「The White Lounge」ツアーに代表される極めてコンセプチュアルに作り込まれたミュージカル風/音楽劇風のラインに加え、音楽ジャンルの枠にとらわれずに新しいアーティストたちと多彩なコラボレーションを展開する「Mrs. TAIBAN LIVE」のラインもあると言えるのではないだろうか。
そうした活動の中で「ゼンジン」が持つ意味は、ある意味で装飾をまとわず、シンプルに歌と演奏で勝負するという王道のアプローチ。事実、前回行われた「ゼンジン未到とリライアンス ~復誦編~」(2022年)は、サポートメンバーを含めたMrs. GREEN APPLEの新しいバンド感を確立させようとする試みであり、それは彼らが初めて「ゼンジン」を行った際の意識と変わらない部分があったのではないだろうか。つまり「ゼンジン」は、Mrs. GREEN APPLEというバンドの原点に立ち返る行為であり、3人のミュージシャンとしての本能を大いに刺激し、それに対する観客のリアクションをダイレクトに浴びられるライブなのだ。そういう視点で今回のセットリストを振り返ってみると、「ゼンジン」ならではの3人の意志が感じ取れる。
ライブ序盤は、1曲目の「CHEERS」や「ANTENNA」、「ロマンチシズム」といった彼らのポップな側面と、楽曲のノリの良さはそのままに、苦悩や負の感情もあからさまに歌う「VIP」や「ツキマシテハ」「CONFLICT」といった楽曲を絶妙に並び、野外という開放感のあるスタジアムで観客を少しずつMrs. GREEN APPLE特有のコントラストのある世界へいざなっていく。
見事だったのは、MCを挟まずに8曲を立て続けに演奏したライブ中盤。彼らの代表曲の一つである青春ソング「青と夏」と、その青春のきらめきやほろ苦さを薫らせる大人の青春ソング「ライラック」(今年4月リリースの新曲)を続けて歌うと、「橙」「点描の唄」の流れで郷愁の念や若さゆえの切ない感情表現で聴き手の胸を打つ。そして「Blizzard」でグラデーションのようにシーンを転換すると(実際、このころに上空は夕焼けから夜空へと変化していった)、ファンに絶大な支持を得ている「インフェルノ」、Mrs. GREEN APPLEの名を新しいベクトルで広げていった「私は最強」で大いに盛り上げ、その直後、彼らのカラフルなパブリックイメージと対極のダークさを包み隠さずに音と言葉にしながら、Mrs. GREEN APPLEの音楽性の両輪を成す重要曲「Loneliness」で締めるという流れは、「ゼンジン」ならでは、そして2024年の彼らならではの音楽的な起承転結であった。
Mrs. GREEN APPLE「ライラック」【LIVE from ゼンジン未到とヴェルトラウム〜銘銘編〜】
Mrs. GREEN APPLE「アポロドロス」【LIVE from ゼンジン未到とヴェルトラウム〜銘銘編〜】
Mrs. GREEN APPLE「コロンブス」【LIVE from ゼンジン未到とヴェルトラウム〜銘銘編〜】
アンコールでは、現時点での最新曲で、ホンダの新型車「FREED」新CMソングとしてTVオンエアはされているものの、フルではライブ初披露となった「familie」をはじめ、「lovin'」「ダンスホール」「愛情と矛先」という新旧織り交ぜた楽曲で、メンバー同士のつながり、ファンとのつながり、人と人とのつながりといった広い意味での“愛”を感じさせる歌が続いたのが印象的。そうしたことを、説教くさくなく、トロッコに乗った若井と藤澤が場内を一周し、金テープが飛び、大森がセンターステージでダンスを披露しながら歌うという形で、明るく華やかに届けてくれるのがMrs. GREEN APPLEの真骨頂だ。
これだけ大規模なツアーであるからして、スタジアムライブの計画そのものは、かなり前の段階で決まっていたのだろう。だがこうして振り返ってみると、今、このタイミングでMrs. GREEN APPLEが「ゼンジン」という、いわば自分たちのバンドとしての原点に立ち返るライブを成功裏に収めたことは、たまたまではなかったように思えてならない。必然として、若井、藤澤、そして大森は、4公演で目にした光景から改めてMrs. GREEN APPLEの本質を確認し合い、そして自分たちの歩みに自信を深めたのではないだろうか。“ターニングポイント”とまで言ってしまうと少々大袈裟かもしれないが、Mrs. GREEN APPLEがまた新たな展開を見せていく、そんな予感を抱かせるに十分すぎるライブであった。では実際にMrs. GREEN APPLEが、10月に8公演開催するKアリーナ定期公演「Harmony」でどんな世界を見せてくれるのか。期待が膨らむが、それは我々も“ケセラセラ(なるようになる)”の気持ちで、楽しみにその日を待つことにしよう。