音楽専門誌『ぴあMUSIC COMPLEX』連動企画
「どんどん細胞が活気づいた」(吉井和哉)。THE YELLOW MONKEYのボーカル吉井和哉に密着したドキュメンタリー映画『みらいのうた』を語る。
PMC編集部
第240回
吉井和哉
THE YELLOW MONKEYのボーカル吉井和哉に密着したドキュメンタリー映画『みらいのうた』がいよいよ12月5日(金)に全国公開される。
同作はいわゆるロックスターのドキュメンタリーとは一線を画す、人間の人生に光をあてたドキュメンタリーである。2022年に監督のエリザベス宮地が吉井に密着を開始。数ヶ月後、吉井が喉頭癌になっていることが発覚するのだが、その後の日々や2024年に感動的な復活を遂げた東京ドーム公演「THE YELLOW MONKEY SUPER BIG EGG 2024 “SHINE ON”」の熱く壮絶なライブパフォーマンスと並走し、吉井をロックの世界に導いたURGH POLICE(アーグポリス)のボーカル・ERO(エロ)をはじめ、吉井と交流してきた人々の「生と死と向き合う」姿をも映し出した、だれもが「みらいのうた」を奏でているかのような作品となった。初期衝動とは違う、内なるエネルギーが美しい同作の公開に先駆け、吉井和哉に話を聞くことができた。
――『ぴあMUSIC COMPLEX(PMC)SPECIAL EDITION 6 THE YELLOW MONKEY』(2025.1.16)で取材をさせていただきました。バンドの未来へとつながるTHE YELLOW MONKEYの2024年を追うことができて、とてもいい本になったと思っているのですが、実は、最初は「復活の東京ドーム公演の1日を追う本にしたい」と希望していたんです。それはかなわずでしたが、今回、このドキュメンタリー映画『みらいのうた』を拝見して、この映画のカメラが回っていたのならば当然だったなと。
吉井 申し訳ない(笑)。
――ただ、このドキュメンタリー映画があると知ったとき、「吉井さんの闘病から東京ドーム公演でのステージ復活を追った映画になるのかな?」と思っていましたので、予想外の切り口で驚きました。もちろん吉井さんのドキュメンタリーであるのですが、EROさんをはじめ、生と死に向き合う人々がフィーチャーされ、みらいへ向かう、あまりに素晴らしい展開で。
吉井 良かった。でもね、こんなふうに着地するなんてこっちは夢にも思っていなかったんですよ。撮影は本当に探り探りだったし、3年くらい密着してもらっているから、だいぶ制作費もかかっちゃって。追った損になる可能性も大だったから、本当に博打のようでした。

――それでも、これほど必然性のある作品になったという。
吉井 ドキュメンタリーは、ハプニングやトラブルが起きれば起きるほど面白いわけじゃないですか。撮影が進んでいくごとに、いろんなことが起こって、自分でも驚くほどつじつまが合っていったりして、運命の怖さというか深さというか、そういうものを知ることができました。自分にとっては、「なんで、この母親から生まれてきたんだろう」「なんで、親父が死んだんだろう」ということまでさかのぼれるようなドキュメンタリーになったので、完成して、こうやって上映させていただけるところまでたどり着いてよかった。東京ドーム公演のライブ映像シーンもやっぱりすごく重要な観どころになっているしね。

――ドキュメンタリーというと、音楽の場合、曲ができるまでを追ったものもあれば、ライブやミュージシャンの人生を軸にしたものなど、いろんな作品があると思うのですが、吉井さんにとってはどういうものなんでしょうか。
吉井 まずドキュメンタリーを観るのは好きです。もちろんリアリティを感じられるところが好きですが、撮っていたけど出せないとか、暗黙の了解のようなものがあって隠されている部分があったりする、そういう部分も含めていいなって思いますね。
――どう切り取るかというのは、作り手の意図が反映されるものですからね。
吉井 そうそう。今回ドキュメンタリーをエリザベス宮地監督に撮影していただくことになったとき、ふと思い浮かんである映画のDVDを宮地くんに渡したんです。それはニューヨーク・ドールズというバンドのベーシスト、アーサー"キラー"ケインのドキュメンタリーで。バンドが解散したあと、図書館で働きながら静かに送る彼の人生を追っているんですが、彼はドキュメンタリー撮影中に亡くなってしまうんです。ニューヨーク・ドールズはもちろん好きでしたが、その生業とのギャップにもすごく驚いたし、亡くなってしまったという衝撃もあり、このドキュメンタリーが心に残っていました。自分のドキュメンタリーは、そういう衝撃的な内容にするつもりは全くなかったし、そもそも何をドキュメントしてもらうんだろうとすら思っていたんだけど、撮りはじめるとなったときに、ふと思い立って、僕をこの世界に導いてくれたEROさんという先輩のところに宮地くんを連れて行きたいと思ったんですよね。EROさんは、見た目もかっこいいし面白い人なんだけど、その半年くらい前に病気で倒れて。宮地くんだったら僕との接点もそうだけど、世の中との接点をも見つけてくれそうな気がして。

――あらかじめプロットがあったわけでもなく、そこから展開していったのですね。
吉井 そう。初日の撮影なんて、僕の地元・静岡に行って、繁華街をぶらぶら監督と2人でカメラ回しながら歩いて、繁華街の交差点でやっていた大道芸のパフォーマンスに投げ銭するシーンとかレコード屋でレコード見たりとか、そんなものしか撮れなくて、「これ大丈夫!?」「こんなの絶対作品にはならないだろう」と思っていたほどで。事務所の社長から「ドキュメンタリー撮りませんか」と提案されたときは、真っ先に自分で監督しようと思っていたし、宮地くんがどういう逸材かもわかっていなかったから、僕も関わる意識でいたんですよ。でも、宮地くんは、僕の実家に行ってもなじんでるし、EROさんだって、言うても気難しいところがある人だと思うけど、普通に宮地くんを家にあげてて。その日の夜に「全部任せていいな」と思いました。「とりあえず撮りためていきましょう」となったんですが、僕が癌になったこともあって、そこから完全に宮地くんにバトンタッチしようとなったんです。
――エリザベス宮地監督は、東出昌大さんのドキュメンタリー『WILL』もすばらしかったですが、その人間の人生、魅力を浮かび上がらせますね。
吉井 先日『94歳のゲイ』というドキュメンタリーを観たんですが、すごくシンパシーを覚えまして。「普通じゃない人の人生」という言葉がすごく刺さったんです。僕やEROさんはロックミュージシャンで普通じゃないし、東出さんだって普通じゃないと思うんだけど、「普通じゃない人の人生」ってたくさん在るんですよ。僕らもそうだ、「普通じゃないんだ」って。でも、それぞれに、いろんな理由があって今の人生があるわけで、そこを宮地くんの視線で切り取っているんですよね。

――普通じゃないんですが、生と死と向き合う中では誰もが同じであるというか、登場する方々の全員が輝きを放っていました。
吉井 世の中の人に紹介したくなかったら、宮地くんを静岡へは連れていかなかったと思うけど、やっぱり宮地くんのすごいところって、批評性もそうだし、時代性が生まれるというか。ドローンのような人なんですよ。実際、ドローン撮影も好きみたいですが(笑)、ドローンのように俯瞰で世界を見ているんです。だから万人に訴えかける部分があるのかもしれません。
――そうですね。ファンに刺さるドキュメンタリーにとどまらない、どなたが観ても、どこかしら刺さるポイントがあると思いますので。では、吉井さん自身は、ここまでさらけ出したのはなぜなんでしょうか。
吉井 やっぱりドキュメンタリーだからかな。3年間密着されていて。普通だったらヘアメイクさんとかスタイリストさんとか入る世界じゃないですか。このドキュメンタリーでは一切入ってないし、闘病中だから動きやすいジャージばっかり着ているなーとか、年相応の初老の1人の男の姿がとらえられている。でも、それが素の自分だからしょうがないというか。一方でEROさんは体が不自由であっても、必ずエンジニアブーツを履いて、手も後ろに回らないのにペンダントをつけて、カチカチの革ジャン着て、会社に行ったりするんです。そこは僕にはかなわないところだけど、そういう各々の美学が自然と映像に出てくる。でも、それこそ撮られるべきものなんですよね。宮地くんは、人間性もそうだけど、ふとした隙とかね……あの人は品よくあぶり出すのがうまい。

――その品というは、吉井さん自身の闘病という、壮絶なことが起きていても静かに向き合う姿ですとか、作品全体を通して感じられるものでした。
吉井 でも、もしかしたら、僕もドキュメンタリーが回ってなかったら、もっとショックがでかかったかもしれないですね。なんでしょう、こういう仕事をしているので、「舞台の上に立ったら」「カメラが回りはじめたら」となると、どこかプライベートではない感覚があるというか。吉井和哉を演じているわけではないけど、吉井和哉でいなきゃいけない部分なんですよね。自分でもわからないけど、カメラが回っていない本当の自分というのはもっと違う人間かもわからないわけで。ただ、そうやってカメラが回っていたおかげで、また、東京ドーム公演が決まったおかげで、その後の全国ツアーが決まったおかげで、どんどん細胞が活気づいたという気が本当にしていて。ラッキーと言えばラッキーでした。
――それは、EROさんについても同じで。ドキュメンタリーが進むにつれて、そのように見えました。
吉井 人に見られると若返るってよく言うじゃないですか。そういうのとすごく似ているのかもしれませんね。先日、大阪に映画のプロモーションで行ってきたんですけど、いろんなメディアの方に話を聞いて、まず「EROさんかっこいい」という男性が多くて、ロック好きの女性は「EROさんかっこいい」と言うんだけど、「結婚したいか」というと「それはちょっと」っていう(笑)。あとは僕の同級生とか青木(事務所の社長)や牧師さんがかっこいいとか、推しキャラみたいなのができているんです。そのうち登場人物全員のアクスタとか作るといいんじゃないかな(笑)。
――そのくらい、みなさんのキャラクターが立っていましたからね。それぞれのみなさんの思いがあって。こういう混沌とした時代というのもあり、世の中的に「祈り」「癒し」が求められていると言いますが、そういうところに帰結しているというのも不思議な感覚になりました。
吉井 そういうのもドローンでよく見えていますよね。今、世界が混乱しているところって、やっぱり1人の人生とそう遠くないことであるというか。地続きでつながってるような感じがするんです。僕は幼いころに父親が死んで、家に大きな仏壇が登場したんですが、毎日仏壇に手を合わせて、お線香をあげて学校へ通っていました。上京してTHE YELLOW MONKEYを作ったとき、ロックにどっぷり浸かって結構だらしない生活をしていましたけど、当時池袋に納骨堂があったから、ことあるごとに父親のところに挨拶に行こうみたいな意識があって。「曲のイントロができない」って墓参りにいくと、帰りに曲ができていたり。そういう繰り返しで、僕は成功したようにも思うんです。


――そういう過去の一つ一つのピースがハマる必然性が見えてくるドキュメンタリーですし、こんなに優しい映画は久しぶりでした。
吉井 ああ、優しいですね。弱っていても、ほんわりしますよね。起こっていることはシリアスなんだけど、すごくコメディにも見えるし。「みんな、こういうことってきっとあるよね」となるというか。
――だから、今回の主題歌のタイトルでもありますが、映画のタイトルが『みらいのうた』になったというのも。
吉井 「みらいのうた」は、そもそもカメラを回す前の2021年8月にリリースされていた曲なんですよ。
――普通は、映画用に新たに書き下ろしたりしますよね。
吉井 そうそう。そういうのが当たり前の業界だから、普通はそうなんだけど、青木にすぐメールして。「みらいのうた」は発売されちゃってるけど、タイトルと主題歌にどうだろうって。「この曲の制作中にはじまった話ですし、何も悪いことはないと思います」と言われ、こうなりました。ほかに、「EROさん」というタイトル案もあったんですけどね。あとは「だもんで」とか(笑)。ちょっと黒澤映画みたいな感じで。
――墨文字のタイトルで(笑)。それはそれで吉井さんらしい感じもしますが(笑)。
吉井 (笑)。「だもんで」のグッズとか、Tシャツを作って物販にするとか。アクスタとか。関わったみなさんにあまり実入りがないので、そういうことばっかり考えてしまうなあ……。

――1人でも多くの方に観てほしいなと思いますが、最後に読者の方に、観どころや、ここだけで言っておきたいことなどあれば教えてください。
吉井 逆に観てほしくないところがあって。靴下が手を抜いちゃってたなあ。EROはブーツだからずるい! こっちは完全に映っちゃってました(笑)。僕ね、ずっと靴下難民なんですよ。靴下ってなかなかお気に入りのブランドとかなくて。必ずここで買ってるとかありますか。
――そうですね……その辺で適当に買っちゃうかもですね。
吉井 そう、適当ですよね! ただね、靴下って実はよく人を表していて。やっぱりパンツより大事なんですよ。「靴下はパンツより大事!人が出るよ!」と言っておきたいかな。「下着をおしゃれにしていても、人は靴下で見抜かれます!」。
取材・文:PMC編集部
Movie info
映画『みらいのうた』
2025年12月5日全国公開

監督:エリザベス宮地
出演:吉井和哉 ERO
配給:murmur 配給協力:ティ・ジョイ
公式サイト:
https://mirainouta-film.jp/
公式X:
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公式Instagram:
https://www.instagram.com/mirainouta_film/
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