「ゆけ!ゆけ!歌舞伎“深ボリ”隊!!」今月の歌舞伎座、あの人に直撃!! 特集
松本幸四郎 『石川五右衛門』― つづら抜けの宙乗り
第1回
松本幸四郎
大胆不敵なアンチヒーロー、石川五右衛門
石川五右衛門といえばご存じ天下の大泥棒。歌舞伎の『石川五右衛門』で描かれる五右衛門も、公家に化けて将軍家のお宝を盗み、妖術を使ってつづらを背負い宙へと飛んでいく、大胆不敵なアンチヒーローだ。3月3日に初日を迎える歌舞伎座三月大歌舞伎で、松本幸四郎さんがこの石川五右衛門に挑む。
五右衛門を勤めるのは2011年9月新橋演舞場以来今回で2度目。昨年11月に亡くなった叔父の二世中村吉右衛門の当たり役のひとつで、初役の時には細かく丁寧に教わったという。
「一番大事なのは気持ち、心。その心を伝えるための技として、叔父はとてつもないものを持っておられました。声の音域、太さ細さ、高低、せりふの間、息継ぎ、一つひとつを分解し、ここはこの音、この大きさでこういうふうに言うのだと、実に繊細な部分まで僕にも教えてくださいました。そしてこれだけの技がなければ、五右衛門の豪快さ、大きさ、存在感が伝えられないのだなと初めてわかりましたね」。
舞台装置がまた五右衛門に負けず劣らずスケールが大きい。満開の桜咲き誇る中、五右衛門と久吉を乗せた山門の大道具がグググーッとせりあがってくる「山門の場」は、豪華すぎてポカーンと口が開きっぱなしになりそう。「絶景かな絶景かな」という名せりふとともに、動く錦絵を見ているかのような迫力だ。昨年3月歌舞伎座で吉右衛門が最後に勤めた『楼門五三桐』も思い起こさせる。
「まさに絵面となるよう、そして僕の叔父ってすごいでしょと、僕の体を通して叔父の五右衛門を感じていただけければ」と意気込みを語る。
さて「歌舞伎“深ボリ”隊」(仮)としては、「つづら抜けの宙乗り」にスポットを当てたい。舞台も客席もまっ暗闇、ドロドロドロと大太鼓が鳴り、宙に浮かぶつづらにパン!と照明が当たった瞬間、中から鮮やかに五右衛門が飛び出してくる。「え?今の何?どういうこと?」と思う間もなく、五右衛門は不敵な笑みを浮かべ、つづらを背負って満足そうに劇場3階席方面へと飛んでいくのだ。幸四郎さんが宙乗りをするのは2019年8月歌舞伎座の『東海道中膝栗毛』以来。
「本当は高いところは全く苦手で、歩道橋でもまっすぐ前だけ見てまん中しか歩けないほど」という幸四郎さんが、つづらの中でどうなっているのか。飛びながら何を考えているのか。そもそもコワくないのか? 次々に湧いてくる疑問をぶつけてみた。
Q:つづらの中ってとても狭そう・・・どんな姿勢で中に入ってるんですか?
── あのつづら、見るからに狭そうですが、どうやって入っているのですか。
松本幸四郎(以下、幸四郎) もうギリギリのサイズなんですよ。胡坐をかいて思いきり小さくなって入っています。つづらのサイズには何種類かあるので、役者によってどれにするか決めています。
── 前回きつかったから今回はワンサイズ大きくしようか、というものでもないのですね。
幸四郎 そもそも、僕自身が両手でつづらを開けて、(右半分と左半分に分かれたつづらを)そのまま背中に回すとそれらがまたひとつのつづらに見える、というしかけなんです。大きいつづらになると後ろに回すその瞬間、より強い力が必要になるので、そこはバランスなんですよ。
── (大きなつづら、小さなつづら…何だか『舌切り雀』のようですが)、大きければいいわけではないと。
幸四郎 そうなんです。そしてワイヤーで釣られているそのつづらに、僕の背中がくっついている。
── そしてつづらの中は真っ暗……。
幸四郎 真っ暗ですね。
── 毎回、小道具さんがⅩ線まで使ってつづらを点検しているという話を聞きました。
幸四郎 かなりの衝撃がかかる道具ですからメンテナンスは本当に大事なんですよ。
── 「つづら背負ったがおかしいか」と見得をする場面がありますが、あの状態でせりふを言うのは苦しくないですか。
幸四郎 宙乗りの前につづらを背負って見得する場面があるので、釣られていてもそれと同じ形にできなきゃいけないし、本舞台にいる人々に向かって大きな声で言わなきゃいけない。でも釣られているので、大声を出そうとすると体が動いてどうしても揺れるんです。なので姿勢を保ちながら言おうとすると、そうですね、やはり地に足をつけて言うよりずっと腰に力が要ります。
── 宙乗りの前は食事しないとか、消化の良いものにするとか、何か気を付けていることはありますか。
幸四郎 特に気にしないです。ふつうに食べます。どんな舞台の前でも常にそれに負けない食欲なので(笑)。
── 足利館を見下ろして、五右衛門としてはどんな気持ちで飛んでいるのでしょう。
幸四郎 “今まさに術を使っているぞ”という気持ちですね。間違っても釣られているとは思っていません(笑)。ある種エンタテインメントな場面なので、客席の全景を見て、1階のお客様は見下ろし、2階のお客様の前を通り過ぎ3階席へと入っていく、お客様の中に飛び込んでいく、あの3分ほどの時間はずっとそんな感覚です。
── 客席の熱量も一段階上がるような気がします。
幸四郎 はい、それは飛んでいても感じますね。
── そして五右衛門の歩く様子が独特で、この世の者ではない雰囲気です。
幸四郎 あの歩き方には工夫があるんです。ふつうに地面を歩く時の足運びをエアでやっても、歩いているようには見えないんですよ。なので自転車を漕ぐようにと教わりました。そうすると高さや位置が変わっていっても歩いているように見えるんです。
── 『伊達の十役』の仁木弾正で宙乗りをされたときも、長袴の動きが妖しく印象的でした。
幸四郎 あれもそうですね。あの時は何も背負っていませんでしたから、まさに歩き方そのものが大事なんです。
── 途中、五右衛門はかなりバウンドしながら飛んでいきます。
幸四郎 「四の切」(『義経千本桜』)で宙乗りをする場合がまさにあの飛び方なんです。なので五右衛門もあの「四の切」と同じ機械を使っているんですよ。
── 『東海道中膝栗毛』『江戸宵闇妖鉤爪』(『人間豹』)など、幸四郎さんはこれまでもいろいろなタイプの宙乗りをされていますね。
幸四郎 そういえば僕、比較的よく飛んでいますね。『人間豹』ではグルングルンと前転しながら飛びましたし。いろいろな形のハーネス(安全帯)がありますが、前転の宙乗りでは腰だけを支えるものを使うんです。考えたらなかなかコワいですね。
── 『弥次喜多』は浴衣一枚、それも(市川)猿之助さんとおふたりで。
幸四郎 こしらえが軽装な分、あれはあれで難しいです。たくさん着込んでいればいろいろと隠す場所がありますから。
── それぞれの場面で、宙乗りによってどんなことを表現したいですか。
幸四郎 『人間豹』ではまさに獲物を威嚇しているところですし、『弥次喜多』はふたりで会話しながらどこかへ行ってしまう。五右衛門の場合は、妖術で空を飛んでいることそのものを表現したい。だからこそしっかりとした宙乗りをしなければいけないと思っています。
── …時には機械トラブルも?
幸四郎 ありましたねえ。『伊達の十役』で三階席へと入っていく直前に止まってしまったことが。手も届かない、はしごも届かない地点で。ただその時狂言作者の判断で、明かりを落とさず下座(音楽)を演奏し続けたんです。お客さんには「あそこで止まったぞ。何か特別なサービス演出か?」と思われたかも。僕はあくまで仁木ですから、その間何度かふり返ってニヤリと笑ったりしていたんですよ。でもそれも3度目くらいになるとお客さん的には「もういいよ、しつこいよ」となりますからね(笑)。ほんの数分間のことなんですが。
── 今月は第一部『新・三国志』でも猿之助さんの宙乗りがあります。
幸四郎 同じ月で二種類の宙乗りってなかなかないことじゃないかな。両方をご覧いただき比較して楽しんでいただきたいです。そして僕としては、こう、アナログな宙乗りと言いますか……。
── アナログな宙乗り! 面白そうな響きです。
幸四郎 かつて人力で動かしていた時代があって、客席の雰囲気に合わせてスピードを落としたり、上げたり下ろしたり、そういう工夫をしていたそうなんです。もちろん今は機械で動かしますので同じようにはいきませんが、それでもそんな雰囲気のある、昔を思わせるような五右衛門のつづら抜けの宙乗り、それを目指したいと思います。
取材・文:五十川晶子 写真提供:松竹
プロフィール
松本幸四郎(まつもと・こうしろう)
1973年生まれ、東京都出身。二代目松本白鸚長男。1978年、NHK大河ドラマ『黄金の日日』に子役で出演。1979年、歌舞伎座『侠客春雨傘』で三代目松本金太郎を襲名して初舞台。1981年、歌舞伎座『仮名手本忠臣蔵』七段目の大星力弥ほかで七代目市川染五郎を襲名。2018年1月 歌舞伎座 高麗屋三代襲名披露公演『壽 初春大歌舞伎』で十代目松本幸四郎を襲名。