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「ゆけ!ゆけ!歌舞伎“深ボリ”隊!!」今月の歌舞伎座、あの人に直撃!! 特集

河合雪之丞 『ふるあめりかに袖はぬらさじ』― 歌舞伎の女方と新派の女方

第4回

本作2度目の歌舞伎座上演で挑む初役・遊女亀遊

幕末は横浜。張りと意気地で生きる芸者お園を軸に、時代に翻弄されながらも生き抜こうとする妓楼の人々を描く『ふるあめりかに袖はぬらさじ』(有吉佐和子作)。六月大歌舞伎第三部で本日から上演中だ。

初演は1970年文学座で杉村春子がお園を勤め、歌舞伎俳優では坂東玉三郎の当たり役のひとつとなっている。歌舞伎座で上演されるのは2007年以来2度目。今回は新派からも大勢が参加し、歌舞伎と新派の事実上の合同公演のようで、常とはまた違う華やかさにあふれそうだ。

<あらすじ>
舞台は幕末の横浜の妓楼「岩亀楼」。抱えの遊女の亀遊は行灯部屋で病の床についており、芸者のお園は妹のような存在の亀遊を気遣い何やかやと世話をしている。お園は通訳の藤吉と亀遊の仲も察しており、ふたりの仲を温かく見守っている。後日引付座敷に薬種問屋の大種屋が米国人のイルウスを連れてやってくる。岩亀楼の主人や芸者衆が賑やかにはやし立てもてなすが、イルウスが一目ぼれしたのは、唐人口(外国人専門の遊女)ではなく、病が癒え久しぶりに顔を見せた亀遊だった。イルウスは亀遊を身請けすることになる。だが亀遊は剃刀で自害。2か月後には亀遊の死についての瓦版が出回るが、そこには亀遊の死の事実とはまるで違うことが書かれていて……。

前回歌舞伎座で上演の折、芸者太郎を演じた河合雪之丞さんが、今回遊女亀遊を勤める。雪之丞さんといえば、2017年に歌舞伎から新派へ移り、名前も市川春猿から河合雪之丞に改め、いまや新派の女方としてなくてはならない存在だ。今回深ボリ隊はこの雪之丞さんを直撃した。遊女亀遊へのアプローチ、歌舞伎と新派の女方の違い、そして雪之丞さんが「大ファン」だと言う「あのお方」への思いについてもじっくりとうかがった。

Q:歌舞伎の女方と新派の女方、何が違う? どう演じ分ける?

「六月大歌舞伎」第三部『ふるあめりかに袖はぬらさじ』より 写真提供:松竹(株)

── 前回歌舞伎座で上演されたときには雪之丞さんは芸者太郎をなさっていましたね。

雪之丞 楽しかったですよ~。お客として歌舞伎を見ていたころから大和屋の若旦那(坂東玉三郎さんのこと)の『ふるあめりか』が大好きでしたし、映像で杉村(春子)先生のお園も観ていましたし、そのお芝居にたずさわれることがうれしかったですね。

── 雪之丞さんはじめ芸者衆がスッと何気なくマイ三味線を抱えて一斉に弾き始めるところで、ああすごいな、役者のみなさんがいろいろな修行や稽古をされているとはいえ、三味線も軽々と弾いてしまうのだなと思いました。

雪之丞 芸者衆はこれを商売にしている人達ですからね。それにひとりだけ立派に弾けてもやはり揃っていないとね。「はい」と言ったらすぐに「こんぴらふねふね」、で幕切れは「騒ぎ」でしたか、弾きながら歌ったりしますし。みんなで三味線だけの稽古をした覚えがあります。今回は新派の女優さんたちが演奏してくださいます。

── 今回は花魁の亀遊ですね。

雪之丞 玉三郎さんからは、衣裳やその他いろいろと、過去や前例にとらわれずに「あなたの趣味でいいから」って言われています。「ただし寸法は気を付けて」と。つまり新派などの女優さんたちが何度もっている役なので、その時に使った衣裳がいろいろあるわけです。その中からこの柄がいいなと思って選んでも、女方の役者が着るには「寸法が出ない(丈が足りない)かもしれないからよく見極めて」ということなんですね。そうそう、引付のお座敷に出てくるときの打掛の裾に亀が”いる”んですよ。そんなところもよーく見ていただきたいです(笑)。

「六月大歌舞伎」第三部『ふるあめりかに袖はぬらさじ』左より、遊女亀遊=河合雪之丞、芸者お園=坂東玉三郎 写真提供:松竹(株)

── 冒頭は病に臥せる花魁ということで、着付け方など何か工夫されているのでしょうか。

雪之丞 それについても玉三郎さんから、「行灯部屋のときの亀遊の長襦袢は、衿幅を広めに作っておいて。お前さん肩幅があるから、その方がざくっと着られて肩幅が細く見えるよ」と。それで急いで衣裳さんに電話して追加で要望を出しました。

── 頭(鬘)についても、芸者と花魁、そして歌舞伎と新派でも違いますよね。

雪之丞 そうなんです。玉三郎さんからは髷も変えてみたらと言っていただいたので、桃割れでも兵庫でもなく(女方の鬘の名称)、もう少し小ぶりの鬘にいたします。差し物(簪、笄など)も少なくして、明治の写真集にあるような当時のお女郎さんが結っていた、よりリアルに近いものにしてみました。

── しゃべり方ひとつとっても、芸者と花魁ではかなり表現が違いますね。

雪之丞 花魁の場合、基本的には「はいはいはいそうでございますね」って早口では演じません。どっしりとした重み、ゆったりとした色気が、歌舞伎でも新派でも花魁には必要だと思います。亀遊のように病に伏せっている女性となると「わたしね、〇×なの、それでね」……とゆっくり言うと芝居全体も間延びしがちなんですね。なので台詞の中身、彼女のバックボーンを考えて、どう言えばしっくりいくかが大事かなと考えています。

── 亀遊が引付座敷に姿を現すとき、他の遊女たちとはまとっているオーラがまるで違います。

「六月大歌舞伎」第三部『ふるあめりかに袖はぬらさじ』より、遊女亀遊=河合雪之丞(中央) 写真提供:松竹(株)

雪之丞 そこなんですよね。あそこで亀遊はどういう気持ちで出てくるのか、始めっから「あ、この人は死ぬ覚悟でいるな」とご覧になっているお客様にわかってしまっていいのか、ここは演出の齋藤雅文先生と大和屋の若旦那と相談しながら、と思っています。下座(げざ:下座音楽の略。歌舞伎の効果音楽)も入らないし、台詞のやりとりが大事になってくる、そんなお芝居を大和屋の若旦那とじっくりとさせていただけるのがありがたいですね。

── 悲劇のようで、でも時に笑い転げるほどおかしくて、本当にその当時の妓楼の人々と客たちの人間模様を目の前で見ているようなお芝居です。

雪之丞 亀遊はもともと吉原にいたけれど、具合が悪くて横浜へ流れてきて、病の床についてしまったので行灯部屋に入れられていますよね。でも労咳(結核)ではないと分かり、ああよかった、というところで自殺してしまう。当時労咳とか性病で亡くなった遊女は実際に大勢いたのでしょう。妓楼の周りにはお寺が多いっていいますね。病死した遊女の遺体を誰も触りたくないから塀の外からお寺へ投げ込む、そんなこともあったそうです。横浜特有の唐人口の遊女は岩亀楼にもいたけれど、金にものを言わせて花魁を身請けしようという外国人もいたのでしょう。有吉先生ですからしっかり調べてお書きになっているはず。お園さんも吉原から横浜に流れてきたとっても気のいい芸者なんだけど、彼女も時代の波に流されていくんですね。そのはかなさが、悲劇的にだけでなく時に喜劇的にとらえられている、その転換の妙。そこをご覧いただきたいです。

間をしっかりとる歌舞伎とあえて外す新派

── 芸者という役柄は歌舞伎にも新派にもよく登場しますが、演じ方としてはそれぞれどこに気を使いますか。

雪之丞 芸者って基本的には小股の切れ上がったきりりっとした雰囲気が大事なんですよ。歌舞伎では芸者が出てくるのはたいてい世話物ですから、例えば七五調に「咲いた桜があ、怯えるわあねえ」(『日本橋』お孝の台詞)と、間をしっかりとってきっぱりと言うわけです。新派の場合はもうちょっと何て言うのかな、間をあえて外すんです。お孝は裏向いて(後ろ向きで)サラッと言うだけですね。歌舞伎なら台詞のちょうどいい間でチョーンと(拍子木が打たれる)。新派ではその間を外す。それが新派の美学なんです。歌舞伎の七五調とか台詞の間を分かった上で、でも外す、できるけれどやらないということなんですね。やれないのではなくて。羽裏のおしゃれとか、下着に凝るとか、そんな感じに似ているでしょうか。いえ、花柳(章太郎)先生は正面向いて「咲いた桜が」でドン!と演ったという話は聞きますけれどね。

── そこに歌舞伎とはまた違う、新派ならではの艶とやわらかさが。

雪之丞 玉三郎さんは新派の舞台にも多数出ていらっしゃるから、その辺の、歌舞伎と新派の女方のすみ分け方も研究されていると思うんです。そのあたりも今回間近で拝見できるので勉強させていただけそうです。

── 新派の舞台では女優と女方が違和感なく同じ舞台に立っています。雪之丞さんはまさに歌舞伎の女方から新派の女方へと活躍の場を移されたわけですが、移った当初、戸惑いはありませんでしたか。

雪之丞 歌舞伎の女方と新派の女方と、基本は変わらないんです。作品や役を通して、その基本のどこをどう強調するかということですね。役になっていれば違和感は感じないでしょう。新派では役のグラデーションも細かいんですよね。

── たしかに新派といっても、『不如帰ほととぎす』や『婦系図おんなけいず』から『八つ墓村』まで、泉鏡花から山村美紗サスペンスや横溝正史まで様々ですね。

雪之丞 劇場も新橋演舞場だったり三越劇場だったりしますでしょう。三越劇場のようにお客様と距離が近い劇場で、現代的な作品や役を演じるときはまた特別気を使います。特に衣裳ですね。たとえば玉三郎さんもなさった『サド侯爵夫人』のようなロングドレスならいいけれど、普通に現代の女性の格好、例えばスカートをはいたりはしません。『夜の蝶』は現代のお芝居なので苦労した覚えがありますね。(ゲスト出演の)篠井英介さんは芸妓のこしらえでしたが、私は銀座のママの役なので洋物の丈の長いものにしたり。客席を通っての出でしたしね。篠井さんや他のホステスさん役の着物の柄とつかない(被らない)ようにしないといけないし、客席から近い分、帯留めなどにもお客様の目がいきますから。

── 特に新派のお客さんには、着物や衣裳のディテールにも関心ある方が多そうですね。

雪之丞 作品が現代に近いものほど、あの衣裳素敵だな、ああいう着物作りたいな、私もあれなら似合うかも、という目線でご覧になる方が少なくないんです。例えば『八つ墓村』では全部で6セット用意したんです。京都の呉服屋さんまで行って3000枚の中から選んだんですよ。歌舞伎の場合は時代物でも世話物でも、決まった衣裳や前例がありますが、新派の新作はやはり苦労しますね。歌舞伎でも書き物(新作)の初演を経験された方はやはり同じ苦労をされていると思います。

── 三越劇場の『黒蜥蜴』は劇場のレトロな雰囲気にぴったりの作品でした。ランプの時代の闇に合う感じがしました。

三越劇場 2017年6月公演 花形新派公演『黒蜥蜴』チラシ

雪之丞 あの作品も初演は新派ですからね。先代の水谷八重子さんで。その後玉三郎さんも美輪明宏さんもなさってますね。

── 『黒蜥蜴』でお召しになっていた虹色の光沢を放つお着物がすごく印象に残っています。

雪之丞 スパンコールを全面にあしらったものですね。あれ自前なんです。宣伝ポスターの撮影用に「何か派手なものがないか」と言われて。舞台では使わないつもりでしたが、ポスターをご覧になったお客様から「本番でもあの衣裳を着ますか?」と問い合わせがあったと。なので急遽踊りの場面で着ることにしたんです。

── 毎日となると傷みますね……。

雪之丞 もうね傷んでもいいの(笑)。それと玉三郎さんが以前『黒蜥蜴』の衣裳として自前で作られた黒のマントを貸してくださって。うれしかったですね。やはり同じ役を勤める時の力になります。

見どころはとにかく玉三郎さん

── 今回の『ふるあめりか~』には新派からも大勢出演されますね。

左より、河合雪之丞さん、坂東玉三郎さん、喜多村緑郎さん(新派)写真提供:松竹(株)

雪之丞 喜多村(緑郎)も出るし、女優さん男優さん、大勢出していただける、そういう機会を作っていただいてありがたいですね。歌舞伎と新派の合同公演と謳った公演は53年前が最後らしいので、それ以来になるかもしれません。これを機にいろいろな形でご一緒できたらいいですし、また新派単独でも公演できるとうれしいです。

── 改めて今回の見どころといいますと。

雪之丞 とにかく玉三郎さんのお園です! お園さんが亀遊伝説を語っていくのですが、話の内容にどんどん尾ひれがついていってエスカレートしていくのをもうお園自身も止められないわけです。そしてある時真実がポロッと口から出てしまう。その真実が世に出てしまったら都合の悪い、気に入らない者達から殺されかけてしまうんです。序幕から最後の一台詞まで聞き逃せませんし、玉三郎さんの一挙手一投足を見逃せません。玉三郎さんの魅力満載です。全編通しで上演しますので、たぶん21時を過ぎます(笑)。

── 先々、雪之丞さんがお園を演じる可能性……(と言うや否や)。

雪之丞 無理ですね(笑)。覚えられない。台詞が膨大です。お園はずーーーっとしゃべっていますから。以前も大和屋の若旦那としゃべっていて、「私300年たっても追いつけません」って話したんです。自分ではもう来世に期待しますと。

── でも雪之丞さんはここのところ、玉三郎さんの舞踊公演に続けて出演されていらっしゃいます。

雪之丞 先日の博多座の舞踊公演でもふたり並んでの口上でしたから、それはもう緊張しました。玉三郎さんは銀ねずの衣裳で私は黒、お互い雪持ち(の柄)。玉三郎さんが『雪之丞変化』で作った衣裳を貸してくださったんです!とにかくね、私はただの玉三郎ファン(笑)。

── 「ただのファン!」と役者さんがおっしゃるのがまた素敵です。

雪之丞 もうね子供のころから玉三郎ファンだから。以前博多座で『三人吉三』が出た時、玉三郎さんのお嬢で私はおとせでした。お嬢に花道七三で呼び止められるところでチャリーンと鳴って揚幕からお嬢が出てくるんですが、「なんっっって綺麗なの!」とうっとりしちゃって、一瞬台詞忘れちゃったんです(笑)。初日でもないのに。いえすぐに思い出したけれどね。玉三郎さんの前に出ると、今でもすぐにただのファンに戻ってしまうんです(笑)。



取材・文:五十川晶子 撮影(河合雪之丞さんソロカット):源賀津己

プロフィール

河合雪之丞(かわい・ゆきのじょう)

1988年3月国立劇場第9期歌舞伎俳優研修を修了し、同年7月に三代目市川猿之助(現・二代目市川猿翁)に入門、春猿を名乗る。’94年三代目市川猿之助(現・二代目市川猿翁)の部屋子となる。澤瀉屋の女方として、スーパー歌舞伎などで主要な役を勤め、2006年8月には歌舞伎座で坂東玉三郎監修の『夜叉ヶ池』で主演。’17年1月、劇団新派に移籍し、河合雪之丞と改名。

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