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「ゆけ!ゆけ!歌舞伎“深ボリ”隊!!」今月の歌舞伎座、あの人に直撃!! 特集

中村米吉 『風の谷のナウシカ』― 有名キャラクターを演じる

第5回

「ナウシカ」に挑む若手女方期待の星

新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』がこの7月歌舞伎座にお目見えする。初演は2019年の新橋演舞場。原作の持つ壮大な世界観や登場人物のキャラクターが、歌舞伎の表現と見事に調和していて大きな話題となった。王蟲や巨大な虫たち、トリウマやメーヴェなどリアルな大道具小道具、そしてそれらが最新の映像と溶け合う舞台に、深ボリ隊の面々も魂全部持っていかれたことを思い出す。

さて今回は前半部分の物語を軸に、皇女クシャナに焦点を当てた「白き魔女の戦記」が「上の巻」として上演される。初演でナウシカを演じた尾上菊之助さんが今回はクシャナを、ケチャを演じた中村米吉さんがタイトルロールのナウシカに挑む。

米吉さんといえば若手女方期待の星。花にたとえるなら、甘くてちょっぴりビターな香りを放ち可憐なアプリコットピンクの花弁を持つクラシックローズだ。今年3月南座の「三月花形歌舞伎」では『番町皿屋敷』の腰元お菊、そして5月の歌舞伎座「團菊祭五月大歌舞伎」では『弁天娘女男白浪』の赤星十三郎と、古典の大役を次々に勤めている。そして頭の中にデータベースを内蔵しているのではと思うほど、古今東西の歌舞伎について精通していることでも知られる頼もしい29歳だ。

今回の大抜擢を受け、米吉さんは今どんなナウシカを頭に描いているのだろう。深ボリ隊は「六月博多座大歌舞伎」に出演中の米吉さんを直撃した。

Q:漫画原作のキャラクターをどう歌舞伎の表現に落とし込む?

── インスタを拝見しました。福岡アジア美術館の『アニメージュとジブリ展』に行かれたのですね。

米吉 そうなんです! まさか博多座の隣でこんな展覧会をやっているとは知らず、どこかご縁を感じています。月刊アニメージュの記事、セル画、ポスターなどの展示を拝見して、『風の谷のナウシカ』の原作執筆のきっかけからアニメ映画になっていく過程、当時の空気に触れることができました。この作品が当時の漫画やアニメに与えた影響の大きさ、そしてアニメ製作に携わった方々の強い思いなどを改めて感じ、身の引き締まる思いです。

ナウシカの「風使いの腐海装束」を再現した等身大の造形物も展示されていて、それがまあ、あまりにも具体的でリアルだったんですね。腐海を初め、あの作品の世界の設定が宮崎駿監督によっていかに緻密に作られているかよくわかりました。また、腐海の中で朽ちた巨神兵のジオラマのようなものも展示されており、具体的に腐海をイメージすることもできました。その中で、腐海の美しさに加え、どこか神々しさすら感じたんです。神々しいものって怖ろしい、そこが人を惹きつけるのかなと。

── ナウシカというキャラクターについても何か発見はありましたか。

米吉 生のセル画を連続で観ていくうちにナウシカの眼の力をすごく感じたんです。目の中にある怒りの強さ、恐れを。といっても(『巨人の星』の)星飛雄馬みたいに目の中に炎があるわけじゃないですよ(笑)。それと、同じく展示の多かった『カリオストロの城』で、ルパンに助けられ守られるヒロインのクラリスとは違って、自分からどんどん動く強さを持っていて、それがセル画なんかからも手に取るように感じられました。イラストも数多く展示されていまして、とにかく可愛いわけですよ。もうね、「こんなかわいいもの、演れるか!(笑)。」と、改めてとんでもないことをするんだなと感じてます。

── 何をおっしゃいます、米吉さんのかわいさは全然負けていないですよ! 宣伝写真のこしらえもメイクもとても似合っていて、そのままメーヴェに乗って飛んでいきそうなくらい。

米吉 舞台用のナウシカの顔はまだ試行錯誤しているところなんです。化粧っ気のない純粋無垢なところもお客様に伝わるような化粧にしたいと思っているのですが。

中村米吉さんのナウシカ扮装ビジュアル(撮影:永石勝)

原作ファンにとってはナウシカを誰が演るのかは関係ない

── 今回上演される内容は、かなりクシャナに寄せて再構成される感じですか?

米吉 実は基本的には初演の昼の部とほぼ同じ内容です。原作でいえば4巻の頭にかかるか、かからないか位まで。クシャナに関わる場面には変わる部分や加わる部分がありますが、ナウシカについては前回菊之助のおにいさんがなさったものと大きくは変わりません。実のところ僕も最初はクシャナを中心に新たに構成し直すのかなと思っていたので、大きく改変するわけではないと知った時にはますます青くなりました。

── 責任重大ですね。

米吉 本当に恐ろしいですよ! もちろん古典歌舞伎のお役を先輩方から教わって勤めるときも常に責任や怖さを感じています。それにプラスして今回は、原作のナウシカをお好きな方々をがっかりさせたらどうしようという恐さもあって。やはりこれだけ有名な、誰もが御存知の作品ですから。

── ふたつの怖さがあると。

米吉 そうなんです。あ、先日(坂東)巳之助にいさんから言われたことを思い出しました。にいさんはスーパー歌舞伎Ⅱ『ワンピース』や新作歌舞伎『NARUTO-ナルトー』をなさっていますが、「観に来てくださる原作ファンのお客さんは、誰がやってるとかそんなことは関係なくて、歌舞伎になった『風の谷のナウシカ』を観に来るんだよ。だから、菊之助兄さんが主役だから、とかそういう遠慮はあまりしない方がいいからね。『風の谷のナウシカ』のナウシカは、誰がどう見たって主役だし、それをやるのは修ちゃん(米吉さんの愛称。本名の修平から。)なんだから。」と。原作のある作品に色々と携わっていらっしゃる経験からのお言葉で、すごくプレッシャーなはずなんですが、逆にお腹にストンと落ちたんです。

初演でナウシカをなさった菊之助のおにいさんが再演であえて演じるクシャナ。今回はそこをご覧いただく。不安もあってか、どこかでそんな風に思っていたんですよね。そこが吹っ切れたというか、自信はなくても自分なりにやるしかないと思えたんです。

もちろん、菊之助のおにいさんがなさるクシャナが大きな注目ポイントであることは間違いないことですが、それだけではないしそう思いすぎてはいけないんだなと。

── 米吉さんとしては今回ナウシカにどう近づいていきましょうか。

米吉 前回は(中村)七之助にいさんのクシャナに対して、菊之助のおにいさんナウシカですから。実際の役者同士の年齢としてはナウシカの方が歳が上だったわけですよね。それに対して、僕に唯一強みがあるとすれば、年齢的にナウシカと等身大の立場としてクシャナに立ち向かえるのかなと。そこについてだけは、原作により近い関係に、作らずともなれるような気がしています。現実の中村米吉と尾上菊之助という関係と、ナウシカとクシャナとの関係がリンクする、というか……。

新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』2019年、新橋演舞場での初演時ポスター。右がナウシカ役・尾上菊之助さん、左がクシャナ役の中村七之助さん

それと、ナウシカが太陽でクシャナは月、そういうイメージがありますでしょ。お互いがお互いに影響を与え合い、それぞれの道を照らし合うようなところがあるんです。ナウシカとクシャナ、ネーミングもアナグラムになっているといいますもんね。ということは、まがりなりにもクシャナに影響を与えられるようなナウシカにならないといけないなと思っています。

歌舞伎ならではの表現とリアルな表現をバランスよく

── ナウシカという役を演じるにあたり、古典歌舞伎の役の中で何かの役を参考にされますか。

米吉 菊之助のおにいさんもおっしゃっていましたが、ナウシカについては歌舞伎の古典の作品の中に、参考にしたり解決できる役はないのだと。若々しい役ですが、いわゆる歌舞伎の娘でも姫でもない。もちろん、腰元でも女房でもない。あんな衣裳を着る役も一つとしてないですし!

── となると今回の米吉さんのナウシカは、具体的に口調、声の調子、抑揚などはどんな感じになるのでしょうか。

米吉 そうですね…。未だお稽古段階で、なんともお話しにくいんですが…。例えば「なんと気高く美しい王蟲。いまだ新しき王蟲の抜け殻。腐海の森の司たる、見事な姿」と言う台詞は、やはり歌う(節や抑揚をつけて台詞を言う)のが自然です。でも、クシャナに対して「あの人たちを解放してください」など、リアルに言うべきところもあります。声はあまり高すぎてもおかしいですし、低くなって老けてもいけない。かといって映画でナウシカの声を演じた声優の島本須美さんのような声は出ませんし…(笑)。でも言うなればそこが理想。若々しく明るく伸びやかなナウシカらしい声を自分なりに考えていかなければと思っています。

── 歌舞伎ならではの抑揚とリアルな言い方を織り交ぜる感じですね。

米吉 新作歌舞伎においては、そういう使い分けも面白さであり難しさではないでしょうか。丁々発止とクシャナとやり合う場面なんかは、『勧進帳』の問答とか『御浜御殿綱豊卿』の綱豊卿と富森助右衛門の問答を意識して、テンポ良くセリフを進めていくイメージになりそうです。菊之助のおにいさんと読み合わせして何度も読み直し、確認させていただきました。また踊りの部分には義太夫が入りますでしょ。そこは「殺すことなど、できはせ〜ぬ」という感じで、義太夫に合わせて時代に(声を張って大仰に)、他の場面とは色を変えてセリフを言わなくてはならないとも思っています。

── 初演では要所要所でバーッタリと見得が入り、歌舞伎の表現が自然にナウシカの世界に溶け込んでいて、まるで違和感がありませんでした。

米吉 新作での見得の使い方は実は非常に難しいと聞いています。父(中村歌六)は(市川)猿翁のおじさまのスーパー歌舞伎や復活狂言によく出ておりましたが、その父が言うには「てっとり早く歌舞伎っぽくするにはツケを打つこと(舞台上手[かみて]に置かれた、「ツケ板」とよばれる板に四角柱の木を打ちつけて効果音を出す歌舞伎ならではの演出)」なんだそうです。

ただ、出てきては見得、少し戦っては見得、最後も見得と、見得に頼りすぎるのも考えものではあるんですよね。

── ツケの効果が薄まってしまいますね。

米吉 その通りです。見得といえばよく映像の「クローズアップ」という手法にたとえられますよね。そのクローズアップを連続で使っても効果ないですよね。連続で使って効果があるのはドラマ『半沢直樹』くらい(笑)。

父は新作で自分の場面を作っていくとき「ここは、見得要らないです」と、逆に見得を取り除くことが多かったんですって。過ぎたるは及ばざるが如しとでも言いましょうか、使い所が重要なんだと思います。

ツケのような生音は、新しいものを作るときにはすごく大切で、大きな演出効果を持つ、心強い武器でもあります。だからこそ、効果的に、見せ場にできるようにしなくてはいけませんよね。何ていうのかな、作品の中で見得がイキイキと存在しているような。

そもそも僕は女方ですからふだんはほとんど見得はしませんので、今回はこれまでの人生でもっとも見得をする一か月になると思います(笑)。

── そして宙乗りも初めてですね。メーヴェでの宙乗り、歌舞伎座での宙乗り。心の準備はいかがですか。

米吉 これはもうやってみないと何もわからないので、菊之助のおにいさんに伺いながら、挑戦していきます。それと宙乗りに関して、勝手ながら個人的に感じていることもひとつあるんです。

序盤でナウシカの気持ちが怒りに包まれた時、その姿を赤い目のときの王蟲のようだとユパが評するところが原作にはあるんですね。王蟲は青い目の時は穏やかですが、怒ったときは赤い目になり、制御できずに突き進んでしまう。それと同じだ、と。優しくて強いナウシカですが、怒りを抱くと我を忘れて突っ走ってしまう。そうした狂気のようなものをもっている自分を、どこか恐れているところもあるんだと思うんです。

そんなナウシカがクシャナという存在や戦争を通して、矛盾ばかりの現実に巻き込まれていく。自分の手を血で汚さなくてはいけなくもなる。それでも仲間の助けや様々な力を取り込みながら、クシャナともどこか通じあい、お互いの道を歩み始める。それが今回のクライマックスになるんですけど…。もう、ほんとにすごくおおげさに、生意気に言ってしまえば……。

── ぜひおっしゃってください!

米吉 宙乗りという演出が、辛いことがあっても人は前に進んでいかなきゃいけないというナウシカの気持ちや、ある種の解放感、そして観ている方のカタルシスへと結び付けられればいいなと思っているんです。

── これはもうきっと素敵なクライマックスになりますね!

経験の積み重ねで、原作も超えられる

── 先ほどもお名前が出ましたが、お父様の(中村)歌六さんは初演ではヴ王を勤められました。原作とまた違ったイメージでとても素敵でした。

米吉 肥え太った醜い、嫌な感じのおじさんの役だったはずが、いつの間にか信長みたいなものすごくカッコイイこしらえになっていました。勝手に変えちゃってよくジブリさんに怒られなかったな(笑)。大叔父の萬屋錦之助が信長を演ったときの写真を床山さんに見せて、「こういう鬘にして」と注文してましたよ。

── 原作を越えちゃっていましたね。

米吉 新作をいくつも作ってきた場数のある人は違うなと思いました。「三月大歌舞伎」の『新・三国志』で孫権を勤めていた(中村)福之助君から聞きましたが、この孫権は以前に父が演った役なんです。福之助君は周りからやたらと「衣裳が重いから大変だよ」「動きにくいよ」と言われていたのに、実際に衣裳を着けたら「全然、軽くて動きやすかった」と。疑問に思っていたら衣裳さんが「初演のときに歌六さんが上手に直されたんですよ」と教えてくれたんですって。分かっているんです、あの人は。どうしたら軽くて楽に動きやすくなるか。逆に「こういう部分は要らない」と取ってしまえる。原作を変えてしまえる。なのに、より歌舞伎に近づける力、カッコよくできる経験があるんです。すごいなって思います。

── 初演では米吉さんはケチャでした。

米吉 まだ3年前なのにすごく懐かしいんですよね。初演の台本の表紙が歌舞伎では珍しくキラキラとしたラメ地にポスターと同じ筆文字の題字が入った、それは豪華なものだったことを思い出しました。その台本に毎日毎日改訂が加わったことも。そして最終的にはその台本はほとんど変わってしまって、あまり使わなかったことも(笑)。

『風の谷のナウシカ』初演(2019年)より、ケチャを演じる米吉さん 写真提供:松竹(株)

── 歌六さんは今月は第一部の『當世流小栗判官』に出られるので共演は無理……ですかね。

米吉 ここに至って突然配役は変わらないと思うので無理じゃないかな(笑)。でも、ヴ王の役は意外とお気に入りのようなので「クシャナがメインになるなら父親のヴ王は出たほうがいいんじゃない?」とか言ってましたよ。「クシャナをひと言怒鳴って辺境に追いやるだけの短い場面で!」とか楽しそうに言ってましたね。他人事だと思って(笑)。僕ですか? 僕には楽しめる余裕などまだまだありません。本当はもう東京に帰らずにこのまま博多座にいたいくらいですよ(笑)。

歌舞伎座「七月大歌舞伎」『風の谷のナウシカ』特別ポスター


取材・文:五十川晶子 写真提供:松竹(株)

プロフィール

中村米吉(なかむら・よねきち)

1993年3月8日生まれ。中村歌六の長男。2000年7月歌舞伎座『宇和島騒動』の武右衛門倅(せがれ)武之助で五代目中村米吉を襲名し初舞台。’16年10月『仮名手本忠臣蔵』二段目の本蔵娘小浪で、’17年3月『伊賀越道中双六』の幸兵衛娘お袖で国立劇場奨励賞。’15年3月南座『鳴神』の雲の絶間姫で十三夜会賞奨励賞。’21年第四十二回松尾芸能賞新人賞受賞。

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