Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

「ゆけ!ゆけ!歌舞伎“深ボリ”隊!!」今月の歌舞伎座、あの人に直撃!! 特集

中村錦之助 『人間万事金世中』― 散切物の「ほんわか」な立役「林之助」

第11回

文明開化の時代の歌舞伎が約20年ぶりに。
「ほんわか」な立役を追求する中村錦之助さん

登場人物の誰ひとりとして、まげを結ってもいなければ刀も差していない。おなじみの歌舞伎狂言なら、金に抜け目のないせこい役どころは端敵が担うことが多いが、この狂言では主人公の辺見勢左衛門を初めその多くが金の亡者で、それを隠そうともしない。ちょっと珍しいタイプの歌舞伎、それが『人間万事金世中』だ。「にんげんばんじ かねのよのなか」と読む。イギリスの作家リットンの戯曲『マネー』を河竹黙阿弥が翻案し、明治12年東京・新富座で初演され、九代目市川團十郎や五代目尾上菊五郎という名優が顔をそろえた。文明開化の新しい風俗を描いた、いわゆる「散切物」の代表的な狂言だ。

<あらすじ>

明治初年の横浜。早くに母親を亡くした恵府林之助は、父が米相場で失敗し無一文となり、伯父の辺見勢左衛門のもとに居候。勢左衛門はじめ強欲な辺見家の人々。そんなときに林之助に突然莫大な遺産が舞い込む。急に林之助に取り入る勢左衛門たちだが……。

金に目のくらんだ人々に翻弄され人生の浮き沈みを体験する林之助だが、伯父にいいようにこき使われているわりにはどこかのんびり坊ちゃん気質が抜けない。

そこで今月の深ボリ隊はこの林之助をロックオン。その林之助を勤める中村錦之助さんにご登場いただいた。ご覧の通り若々しい笑顔にふわりと柔らかく穏やかな雰囲気で、『双蝶々曲輪日記』の山崎与五郎のようなつっころばしや『義経千本桜』の源義経のように白塗りの二枚目がぴったり。錦之助さんが林之助を勤めるのは今回で3度目だ。

数ある歌舞伎狂言の中でも上演されることの少ない散切物。その中の二枚目の役どころを錦之助さんはどんなふうにとらえているのだろう。

Q. 散切物の「ほんわか」な立役「林之助」をどう追求する?

恵府林之助を勤める中村錦之助さん(当時信二郎) 『人間万事金世中』(平成16年1月大阪松竹座) 写真提供:松竹(株)

── 恵府林之助という聞き慣れない響きの役名ですが、原作のエブリンに漢字を当てたそうですね。他にもジョン・ヴェセイを辺見勢左衛門に、クララをおくらに。

錦之助 そうそう。原作はイギリスの作家リットンの『マネー』という戯曲でしょ。それを土台に河竹黙阿弥が歌舞伎にしたものだからね。登場人物の名前を元の名前の響きに合わせて漢字を当てたらしいんだよね。

── このお役を勤められるのは3度目ですね。

錦之助 (2003年に)歌舞伎座で辺見勢左衛門が天王寺屋のおにいさん(五世中村富十郎)、翌年の松竹座のときは(中村)梅玉にいさんでした。

── 勢左衛門といえば月代の跡のある鬘に和装姿が多い中、梅玉さんは洋装でなさっていました。

錦之助 そうでした。初役のとき、僕はまだ40代だったんだよね。周りの役をなさっているみなさんが先輩世代で林之助は若い役どころだったから、ちょうどよかった。でも僕今63歳でしょ。今回他のみなさんもほぼ同世代。前回も今回もおくら役の(片岡)孝太郎君と「どうしようか」と話していたところですよ(笑)。

── 皆さん同世代で一座というのも楽しそうです。

錦之助 (坂東)彌十郎さん、(中村)鴈治郎さん、(中村)扇雀さん、(中村)芝翫さんと、若い時から一緒に芝居してきた方々なので楽しみですよ。問題は林之助だよね。若い好青年の役だからとにかく外見。どれだけ若く見せられるか、肉体的にも柔軟性をキープできるか。というのも古典の狂言の若旦那なら白塗りで結構どうにかなるけれど、世話物なので地もそんなに塗れないんですよ。となると如実に年齢が出てしまう。それをなんとかごまかす(笑)。

── いえ全然、全っ然大丈夫です。お若く見えます!(周りのスタッフも強くうなずく)

錦之助 まあね気持ちは若々しくありたいですよね。(長男、中村)隼人も丁稚の野毛松で出ていたんだけどまだ本当に小さかったなあ。一緒に大阪に行ったのも懐かしいです。

お坊ちゃん気質の抜けない林之助は「男版シンデレラ」

── 初役のときと二度目とで頭(鬘)が微妙に変わっていますよね。

錦之助 最初は丁稚っぽくしようと思って、二場からはちょっと変えて、衣裳も前と後とで雰囲気が変わるようにと考えています。序幕では強欲な伯父さんにこき使われている様子だけど、後に独立してお店を持つことになった時は貫禄が出るように。

── 林之助は勢左衛門の甥なのにこき使われていて、花道の出から遠慮がちな雰囲気です。

錦之助 これね、男版シンデレラなんですよ。親が借金作って死んでしまい、伯父のところにやっかいになっているわけだから。でも元は大きな瀬戸物問屋の息子で何不自由なく暮らしていたので、どこかお坊ちゃんな雰囲気が残っているんです。なのでただの奉公人のようになってはいけないんですね。

── だから掛取り(代金取立て)に行っても相手に同情してしまって、つい甘い対応になってしまうんですね。

錦之助 そうそう。お坊ちゃんだからどこかほんわかしていなきゃいけない。そこは私は得意なので自然にできます。若さだけはどうしようもないけれどね。

『人間万事金世中』(平成15年4月歌舞伎座)より 恵府林之助=中村錦之助(当時信二郎) 写真提供:松竹(株)

── 錦之助さんは白塗りの二枚目の役をされることが多いのですが、その「ほんわか」という雰囲気は作って出せるものではないですよね。

錦之助 そこが今回課題でね。老けて見えないように背筋とか肩の線が丸まらないようと意識しすぎると、今度は雰囲気が固くなってしまう。

── 「ほんわか」を保つために、たとえば何か筋トレとかストレッチなど体のメンテナンスはされているのですか。

錦之助 基本的に体を柔軟にしておくと同時に、インナーマッスルを鍛えておくことが大事なんですよ。体の真ん中の芯の部分、体を操縦する筋肉のことですね。これはもう若い頃から気を付けてずっと鍛錬してきています。

── 腕や脚などパーツを鍛えるというよりは、体の芯なのですね。

錦之助 そうそう。体の奥の中心の筋肉で体を操る、といえばいいでしょうか。例えば肩だけ柔らかそうに動かしても不自然でしょ。どこをどう動かしたら体の動きに自然な柔らかみが出るのか。これはもう若い頃からずっと気をつけているし考えてきました。体の芯の部分から動かすと体の表面の部分も自然に動く。そうすると柔らかく見えるんですね。たとえば(『双蝶々曲輪日記』の山崎)与五郎のような役をやるときに自然に柔らかい雰囲気になるんです。最近はなぜか武張った役もよく来るんだけどね(笑)。

── 二枚目らしい柔らかい雰囲気は、インナーマッスルでコントロールされていたんですね。

錦之助 女方さん達も基本的にそれをずっとなさってきているんです。ただ白塗りの二枚目とはいえ立役なので、なよなよしすぎてもいけない。硬と軟の兼ね合いを役によって考えることが大事なんです。

── 勢左衛門やその女房のおらん、娘のおしなを初め、まあみなさん強欲で。考えていることが実にわかりやすいです。

錦之助 他の役は楽しそうだよなあ。(中村)鴈治郎さんなんて「(寿無田宇津蔵は)詐欺師みたいなものなんだから何言ったっていいんだよ」って楽しそうだったし(笑)。

喜劇の「間」の難しさ 漫才やコントも参考に

── 時代背景が文明開化というのも珍しいですよね。

錦之助 おそらく当時の先輩方がマンネリにならないように試行錯誤して、いろいろなお芝居を作ってきたのでしょうね。当時はシェイクスピアも歌舞伎になったし。今度「ファイナルファンタジー」も歌舞伎になりますしね。

── 言葉遣いも面白くて。

錦之助 そうそう。時代を反映して君とか僕とか言っていたり、「代言屋」なんて今なら弁護士のことだろうね。お金の単位も違うし。でもこのお芝居も河竹黙阿弥の狂言なんだよね。

── 『三人吉三』や『白浪五人男』の黙阿弥ですね。

錦之助 そういった狂言に比べればこの狂言は上演回数も少なくて、決まった型というものもないので、演じる側としては自由度は高いです。でも、黙阿弥の台詞回しにならなければいけないし、黙阿弥の狂言らしい匂いが出るようにしないと。

── 黙阿弥の狂言らしい匂いといえば七五調。

錦之助 そうそう、まず台詞だよね。不思議なもので僕ら江戸の役者は黙阿弥ものに慣れているので、義太夫狂言でも七五調じゃないと字余りに感じたり、変なところで切れているように感じたりするんです。逆に上方の人はうまく言える。(四世坂田)藤十郎のおじさまの台詞回しを聞いていると「こんな箇所で台詞を切るんだ。ここでつなげていいんだ」と思うんです。それがちゃんと義太夫の台詞回しになっている。僕らはふと油断すると七五調になってしまって、「義太夫味がない」なんて叱られたり。同じ歌舞伎役者でも育った環境、習った環境の違いですね。

──(鶴屋)南北の台詞も言いにくいと聞いたことがあります。

錦之助 そうなんだよ。なんでだろう、南北はたしかに言いにくいと思うことがあるんです。七五調ではないし、リアルな言葉も多い。でも言いにくいからといって言い換えたりすると、もう南北の狂言ではなくなってしまう。面白いんですよ。

── 辺見家奥座敷で遺言状が公開される場は痛快ですね。客席でも必ず笑いが起こります。

錦之助 あそこは勢左衛門やおらん、林之助たちそれぞれの反応が面白いよね。林之助は座布団を外して小さくなってずっと辛抱して聞いています。こういうところは僕、得意です。でも結局林之助が一番多額の手形二万円をもらえる。

── 今の価値では億という単位でしょうか。

錦之助 そうかもしれない。あの小道具の手形には実際に「二万円」と書いてあるんですよ。

── 林之助はそれを元手に瀬戸物問屋を開店するところまでこぎつけます。

錦之助 それまでと違ってここは若旦那の雰囲気でやります。えっと……これ以上はネタバレになるのでダメ(笑)。

── ああ、残念……。

錦之助 歌舞伎の場合たいていは、ストーリーをご存じで観にいらっしゃるお客様が多いけれど、今回このお芝居はあまり上演されないので、ストーリーそのものも楽しんでいただけると思うんです。だからこのへんにしておきましょう(笑)。

── たしかに今回はストーリーをご存じないお客様も多そうです。ところで、同じ黙阿弥ものの『三人吉三』でも百両という金が人々の間をめぐりますが、この狂言ではお金への欲そのものがもっと前面に出てきますね。

錦之助 リットンも当時のイギリスの世情を皮肉って書いたのでしょう。金がからむと人の欲が露わになる、その面白さだよね。世界共通だなと思います。

── 今の時代だからこそ、より観る人に響くかも……。

錦之助 コロナとか値上げとか、さらに戦争とか嫌なニュースも多いでしょ。お正月くらいは劇場に来てよかったなと思って帰っていただけるようにしたい。だって演劇ってそういうものですよね。普段疲れていたり落ち込んでいたりした時こそ、劇場に来ていただいて「楽しかったな、明日からまた頑張ろう」と思っていただきたい。それも教訓めいた内容ではなくて、ひたすら笑ったとか楽しかったと思っていただきたいです。

── 歌舞伎には、特に時代ものには悲劇が多いですが、世話狂言には喜劇も少なくありません。このお芝居も当時ここでドッと湧いたのだろうなと思わせる所がいくつもあります。

錦之助 喜劇って難しいですよね。同じ脚本でも演る人によって全然違ってくる。古典落語やコントもそうでしょ。同じ内容でもその日のノリや間で面白い時もつまらない時もある。例えば『法界坊』なんて誰が演っても面白いかというとこれがそうでもない。難しいところです。悲劇は気持ちを入れてやればお客様に伝わりやすい。でも喜劇は人によっても、その時のお客様の雰囲気によっても変わりますから。

── この『人間万事』でも前回、前々回を振りかえって、今日はここでウケたなあ、ここで手が来たなあと、日によって客席の反応は違いましたか。

錦之助 違いました。「今日はあそこのかけ合いがうまくいったなあ」とかね。松竹新喜劇とかお笑いの人たちは、間というものに命削っているなと感じます。

── 漫才やコント、ご覧になりますか。

錦之助 参考になりますよ。面白いコンビは間がいいし、かけ合いのテンポが良ければ何でもないことでも面白くなる。その日のお客さんの雰囲気を肌で感じて間を変えるんだろうな。

── 今回はクセの強い、アクの強い人たち同士、丁々発止とかけ合います。

錦之助 ま、僕はその中でひとり、おとなしくしている役なんですけどね。他の役はいくらでもクセの強い方向へ掘り下げられるからいいよなあ。僕だけじっと辛抱していなけりゃいけない役だからちょっと羨ましいんだよね(笑)。

「壽 初春大歌舞伎」チラシ

取材・文:五十川晶子 撮影(中村錦之助さん):源賀津己

プロフィール

中村錦之助(なかむら・きんのすけ)

1959年生まれ。四代目中村時蔵の次男。祖父は三代目中村時蔵。兄は現・時蔵。いとこに中村歌六、中村又五郎、中村獅童がいる。’64年7月歌舞伎座『宮島のだんまり』の梢ほかで中村信二郎を名のり初舞台。’07年4月歌舞伎座『鬼一法眼三略巻』菊畑の虎蔵実は牛若丸、『双蝶々曲輪日記』角力場の放駒長吉で二代目中村錦之助を襲名。

「ぴあアプリ」よくばり❣ぴあニスト限定!

アプリで応募プレゼント

「歌舞伎関連グッズ詰め合わせ福袋」を2名様にプレゼント!

【応募方法】

1. 「ぴあアプリ」をダウンロードする。

こちらからもダウンロードできます

2. 「ぴあアプリ」をインストールしたら早速応募!