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「ゆけ!ゆけ!歌舞伎“深ボリ”隊!!」今月の歌舞伎座、あの人に直撃!! 特集

中村児太郎『神霊矢口渡』 ピュア過ぎる娘、お舟

第17回

その日初めて逢った人に一瞬にして恋に落ちる。そこまではまあよくある話かもしれない。だが相手がどれほど鄙にはまれなイケメンだったとしても、いきなり自分の命を差し出すなんて……。

歌舞伎にはそんなぶっとんだヒロインがいる。『神霊矢口渡』のお舟だ。驚くほどピュア。誰もが「わかったからもうそこでやめておけ」と羽交い絞めにして止めてやりたい、助けてやりたいと思うけなげな少女だ。

<あらすじ>

六郷川の矢口の渡し守頓兵衛の家に、新田義峯と恋人の傾城うてなが一夜の宿を乞いにやってくる。留守番していた渡し守の頓兵衛娘・お舟は、この義峯に一目ぼれ。実は先の足利と新田の争いの中、褒美の金欲しさに義峯の兄義興の命を奪った頓兵衛。極悪非道なこの男はさらにこの義峯の命も狙おうとするが……。

歌舞伎の狂言では立役が主人公となることが圧倒的に多く、女方がずっと出ずっぱりの役となると非常に限られる。また劇中に見せ場がどんなにあろうとも、幕引きは立役がさらっていくことも多い。『助六由縁江戸桜』の揚巻や『壇ノ浦兜軍記』の阿古屋も同様だ。だがこの『神霊矢口渡』のお舟は、文字通りの主人公で出ずっぱり、幕引きもお舟がきっかけだ。「いずれはこのお役を」と目標にする若手女方の役者たちは少なくない。

今月の深ボリ隊は、このお舟を初役で勤める中村児太郎さんを直撃。時に現代のJKのように、時に少女マンガの吹き出しのように、お舟に今何が起きているのか、熱量高く語ってくれた。

Q. 一目ぼれした相手に命をかける、ピュアすぎるお舟の心情とは?

「七月大歌舞伎」『神霊矢口渡』より、娘お舟のスチール写真 (c)松竹

── 児太郎さんはお舟はいくつだと想定してます?

中村児太郎(以下、児太郎) うーん、中高生くらいかな。二十歳まではいっていないと思います。純粋無垢でまだ恋愛を知らないこと。それがこのお舟の大事なところかなと思います。田舎に生まれ育ち、周りを見ても父(とと)さんの知り合いの漁師仲間ばかりでパッとしない男ばかり。そんな所にある渡し守の家の娘がお舟です。

── そこへ一夜の宿を、と新田義峯が突然やってきます。

児太郎 「あいあい」と返事をして出てきて戸を開けるまでは、「父さんは留守だし面倒だな」という気持ち。愛想もないわけです。でも、戸を開けたとたんに「あ!」と息をのんで閉めてしまう。運命も狂ってしまったわけだけど、あそこのお舟は戸を開ける前と後で別人格。それがお舟のかわいいところです。もちろん、拒絶で閉めてしまったわけではない。『野崎村』のお光はお染を見てパタンと戸を閉めてしまうけど、あれは拒絶。でも、お舟の場合は、アイドル好きの人が自分の推しを目の前にして、息を呑んでしまう感情と一緒。「どうしよう、こんな人に会ったことがない!」と一瞬で心を奪われてしまうのです。

── 今まで見たことないタイプだった。

児太郎 そうです。人生でこんなに顔が白い男の人を見たことがないわけですよ。

── 確かに義峯は白塗りの二枚目ですしね。周りには赤銅色の頓兵衛はじめ白塗りの役はいません。

児太郎 いつも小汚い男たちしか見ていないのに、目の前にいるのは身分も高く、見たことがない人。

── 一瞬でそう思わせる義峯もすごいですね。

児太郎 顔を見られただけでお舟の心を動かしてしまう。でも、そういう経験をしたことがある人は、多いのではないですかね。学校の先輩、塾で出会った男子、いつも同じ電車になる人とか。一目で好きになったはいいけど、最後には命捧げることになってしまうのだから義峯もひどい男ですよね。

令和5(2023)年歌舞伎座「七月大歌舞伎」夜の部『神霊矢口渡』より、お舟を勤める児太郎さん 写真提供:松竹(株)

── でも義峯は女連れです。傾城うてなとお揃いの露芝の着物で。

児太郎 お舟はふたりが何を着ているかまでは見ていない。後で義峯はうてなのことを「妹」だと言うけれど、歌舞伎ではお揃いの衣裳で兄妹なんて成立しません。お舟は一瞬うてなを嫉妬の目で見ますが、あとは無視。ふたりが屋台に入る前も、うてなが「そんならお女中」と言っているのに義峯の方を向いて「お客様」と被せてしまう。うてなの言葉は耳にも入ってこないのです。

── ふたりを上手の一間に通した後、煙草盆を持っていきますね。あれは中の様子を知りたかった?

児太郎 様子も知りたいし、お茶も出さなきゃいけない。「どうしようどうしよう、あ、顔が見えた、恥ずかしい!」という感じですかね。義峯が出てきて「白湯をくれ」と頼んでいるのに、お舟の返事は「あなた、ようおいでなされましたな」ですから。人の話を本当に聞いていない。それに、「連れの女性はお内儀さん?誰?」とストレートに聞いてしまうくらいですから。

── そう尋ねておいて団扇で顔を隠します。

児太郎 あそこは恥ずかしいというよりも、「違うよね、違うと言って」という心情もあるのではと思っています。義峯がうてなを「妹だ」とごまかすと、また「あなた、ようおいでなされましたね」と、喜びますから。

令和5(2023)年歌舞伎座「七月大歌舞伎」夜の部『神霊矢口渡』より、お舟を勤める児太郎さん 写真提供:松竹(株)

── このあたりのお舟はもう自分だけの世界に入ってしまって、かわいいやらおかしいやらです。

児太郎 初めて会った人にいきなり、「ねえねえ、さっきの女性はあなたの奥さん?」ですから。自分の世界に入っていないと、そんなことは聞けないですよ。恋愛の駆け引きも知らないでとにかく義峯に猛アピールしています。

── そして「右よ左とつけまわす、琥珀の塵や磁石の針」と義峯に積極的に迫ります。

児太郎 「10日も20日も泊ってください」とか「浅草にも連れて行ってください」とか、自分の言いたいことだけ言っておきながら、次の瞬間にはハッと我に返って、「なんじゃいな、私にばっかり物言わせ」と言ってしまうのです。義峯には入る隙も与えていないのに。

── いやいやあなたが勝手にずっとひとりで語っているんですが、と一斉につっこみたくなるところです。

児太郎 ここがお舟のかわいいところ。七厘をがんがんあおいで灰を飛ばしてしまったり、袖でパタンと湯飲みを倒してしまったり、いちいち行動が激しいというか雑というか、まだまだお舟が恋愛をしたことがない証拠。これがうてなであれば、ポテチンと三味線が入るような雰囲気のある場面なのに、お舟の場合はあたふたしてしまう感じ。そのうえ、せっかく淹れた白湯もこぼしてしまう始末。でも、お盆にこぼれたお湯を土間に捨て、拭って鏡のように後ろを見てみると、「義峯さんが映っている!」とテンションが上がり、頑張って近寄ります。そして、義峯の膝に手をおいて、「何か言うてくれたらよいわいな」と義峯の気持ちの核心を突こうとするのです。これもかわいいところですよね。

── ついに義峯もお舟の気持ちに応えて寄り添おうとします。

児太郎 「おおうれし」で義峯に抱かれると、ドロドロドロと太鼓が鳴り、ふたりとも気を失ってしまう。何事かとうてなが一間から出てきて「大変!このふたり、源氏の旗の前でとんでもないことをしている!」と慌てて源氏の白旗を掲げるわけです。

── 児太郎さん、うてなは一度なさっていますが、このときお舟に対してどんな気持ちでいるんでしょう。多少優越感を抱いている?

児太郎 うてなからすれば、この家に着いたときから、お舟のことは眼中にない。「変な女にからまれてしまったけど、私は義峯様の連れの者ですから」と強気な姿勢。「では屋台に入りましょうか、え?なんですか」と言ってちらっとお舟を見るのも、「私がいるからあなたには無理よ」と諦めさせようとしている感じですかね。

── 屋台に入るとき、うてな、お舟を一瞥しますよね。あそこ好きです。

児太郎 勘が鋭く恋愛に慣れている女性であれば、「あの人は彼女だ、絶対そうだ、どうしよう…」とすぐに察するところですが、初恋のお舟は義峯に一直線なので、「え?妹?だよね」と信じてしまうのです。

ただただ惚れた男を助けたい

── そんなおぼこいお舟でも、六蔵に対しては一芝居打ちます。

児太郎 お舟にとって六蔵はもはや道具なのだと思います。自分のことが好きだとわかっているし、台詞にも「父さんの他に気がねする人は誰もいない」と言っている。「六蔵、あなた私と結婚したら父(とと)さんとは親子になるのだから、ひとりで義峯を捕らえて手柄を上げたりしたら、父さんから怒られちゃうわよ。」と六蔵が家から出ていくように仕向けます。そして、「行くのであれば、あまり遅くならないでね。」と六蔵を見送り、誰も家の中に入れないように戸の鍵をかけてしまう。心の中では「よし行った。これで大丈夫」と思っているのです。

── あそこで鍵かけ忘れると大変です。

児太郎 頓兵衛が入って来てしまいますからね。でも、鍵がかかっているとわかったら、壁を壊してでも家に入ってくる。普通の人から考えればとんでもない行動ですが、ここまでしてでも義峯を仕留めたいという頓兵衛の気持ちが表れているシーンでもありますよね。そして、六蔵。彼は逆にお舟に一直線だから、簡単に騙されて無駄な発言をしてしまう。「太鼓の音がしたらそれは義峯を捕らえた合図だからね」と自分でヒントを言ってしまうのですから、単純な男ですよね。

── つまり太鼓の音がしたら義峯が捕らえられたことになります

児太郎 そうです。それでお舟は「父さんたちが戻ってくるまで時間がないぞ。さあどうしよう…。父さんがかつて義興様を亡き者にしたことがわかったら、きっと殺されてしまう。でも父さんに義峯様を捕えさせるわけにもいかない。どうしようどうしよう……」。そのときふと蓑笠が目に入って、あの人を逃がそうと決める。行灯を消して蓑笠を義峯に持っていくのです。

── あそこでは既に義峯を助けるために犠牲になることを覚悟しているのでしょうか。

児太郎 父親に斬られるところまでは想像していないのかも。父親は褒美の金ほしさに義峯を狙っているし、強欲非道だとはわかっている。ただ、義峯とはこれっきりだろうなと思っているのかもしれないですね。でも、義峯の代わりに布団に入り寝ているところをみると、死ぬことを覚悟しているのかもしれない。自分が死ねば義峯を護れるし、父も義峯から仇を討たれなくて済む、と。

── よくあんな親からこんなにけなげな娘が生まれましたよね。

児太郎 ねえ、本当ですよ!

── お舟は最初は田舎のおぼこい娘のひとりに過ぎませんでしたが、義峯に出会い、この人を命懸けて護らなければと思ったとき、父に斬られてもなお凄まじい働きをします。神性というか特別な何かがお舟に宿る瞬間があるのでしょうか。

児太郎 それはないと思います。ただただ惚れた男を助けたい、その必死な思いだけだと思います。「義峯様は源氏のお方。その人と添おうとするなんてとんでもないことを考えてしまった。でも、父と同じ気持ちでないのであれば、あの世では添おうと言ってくれた。それがうれしい」。だから、最後の力を振り絞って父を止めているのだと思います。

── 恋に命も懸ける。たった十五、六の娘が。だから歌舞伎のヒロインになれちゃうんですね。

児太郎 そうかもしれないですね。「この世では無理だけどあの世で」と言われて、本当にそうしますからね。ふつうでは考えられない行動ですよね。

── 一方で、頓兵衛は金のために娘さえ殺そうとします。実の親ですよね。

児太郎 頓兵衛は義峯を捕らえるためなら娘でも関係ない。本当に酷い男ですよ。

── 頓兵衛に襲いかかられるときの、あの海老ぞりの形、残酷な場面なのに本当に美しいです。あれ、腰痛めませんか。

児太郎 大丈夫です!

「七月大歌舞伎」『神霊矢口渡』より、娘お舟のスチール写真 (c)松竹

── お舟のこしらえについても教えてください。頭が変わっていきますね。結綿にくす玉の簪を差した第一形態、がったりになった第二形態、さらに長いシケを出してさばきになった第三形態へ。形が変わるにつれてお舟の状況も変わっていく?

児太郎 綺麗に結っている頭がだんだんほどけ、刺されて乱れ、そして「そうか太鼓を叩けばいいのだ」と思いつく。外見とともに心情も変化していきます。そして、櫂を支えに櫓まで這って行く。ポスターは綺麗な写真ですが、ストーリー的には血だらけで歩くのも困難な状態です。ただ、そんな中でも素敵なのが、先ほども申し上げた「この世で添うことはかなわないけれど、親とひとつでないのであれば、あの世で一緒になろう」という義峯の言葉。この言葉を信じて、お舟はふたりを逃がし、親に歯向かっていくのです。しかし、義峯は悪い男ですよね。女性を連れているのに「来世で逢おうな」と約束してしまうのですから。

── その血だらけの中、櫓に上り太鼓を叩いて義峯を逃がそうとします。

児太郎 実は、あの櫓へと這い上る板は、掴むところがなく真っ平なので、上がっていくのが少し大変なのですよ。なので、お舟を応援するような気持ちで見ていただけると嬉しいです。

令和5(2023)年歌舞伎座「七月大歌舞伎」夜の部『神霊矢口渡』より、お舟を勤める児太郎さん 写真提供:松竹(株)

大切な教えを下さる玉三郎さんと、アドバイスしあえる素敵な仲間

── 行灯を持つ、団扇であおぐ、白湯を淹れる、膝に手を置く、太鼓を叩く。白い掌が生き物のようにひらひらと美しく、指先まで神経が行き届いています。

児太郎 (坂東)玉三郎のおじさまに教えていただきました。親指以外の4本の指は日常からいつもくっつけていなさいと。20歳のころから意識してきたので、今は気にしなくても自然に置くべき場所に置けるようになりました。「着物の裾も極力触らないように」と。触るということは着慣れていない証拠なので、不自然な動きになってしまうのです。僕らが洋服を触ったりしないのと同じことですね。

── 児太郎さんは前回はうてなを勤められ、そのときお舟は(中村)梅枝さんでした。梅枝さんから何かアドバイスはありましたか。

児太郎 はい、ご自身が以前勤めた際に感じたことなど、細かく教えていただきました。梅枝さんとともに尊敬している(中村)壱太郎さんも既に勤めており、また(尾上)右近君も自主公演でお舟を勤めています。これまでも『金閣寺』の雪姫や阿古屋、『寺子屋』の戸浪、『鳴神』の雲の絶間姫など、大きなお役の際は動画を送り、「あそこはこうした方がいいよ」とアドバイスをいただいているので、今回もそうさせていただこうと思っています。僕にアドバイスを求めてきてくれることもあるので、それぞれがよきライバルであり、よき理解者、いい距離感を築かせていただいています。もちろん玉三郎のおじさまはじめ、諸先輩方に見ていただくことが大前提ですが、年の近い気心の知れた仲間たちと意見交換ができるのはすごく助かりますね。

── 玉三郎さんからはどんなお話を?

児太郎 「第一発見が大事」とよくおっしゃいます。「ちゃんと発見してね」と。戸浪が源蔵に対して「お帰りなされませ」と一言だけセリフを言うのですが、この際も源蔵の顔を見て、相手が気づいたかどうかを発見する。そして、それを受け入れてから反応する。ただの段取りになってしまうと、お客さまは何が起きているのか、わけがわからなくなってしまうので、すべてのことに意味を持たせることを意識しています。

── お舟は冒頭から最後の手を合わせてちょーんと柝の頭で幕が引かれるまで出ずっぱりです。体力やテンションのバランスは考えますか。

児太郎 そこはあまり考えていません。役に入り込むタイプだし、公演期間中はお舟として毎日生きていますから。終わった後は疲労困憊ですが…。(『妹背山婦女庭訓』道行の)お三輪を勤めた際も2回公演でへとへとになってしまったけど、「1回目からセーブしていたらダメだよ。今日死ぬ気で2回やれば明日も2回できるし、だんだん余計な力が抜けてくるから大丈夫だよ。」と(玉三郎の)おじさまからアドバイスをいただきました。それに、毎回自分のMAXでやらないと、自分の体力ゲージも上がっていかない。僕ら若手が千穐楽まで持つように体力の配分を考えていたらお客さまにもその熱量が伝わってしまうので、毎回の公演にそのときの全力をぶつけています。

── 改めて、初役ということへのプレッシャーはありますか。

児太郎 もちろんあります。でも、まずは児太郎のお舟を楽しみにして下さっているお客さまが大勢いらっしゃることが嬉しいですし、本当にありがたいことだと思っています。こんなにけなげなお舟の気持ち・姿がお客さまにも伝わるような舞台を届けたいと思っています。

歌舞伎座『神霊矢口渡』特別ビジュアル

取材・文:五十川晶子 撮影:源賀津己

プロフィール

中村児太郎(なかむら・こたろう)

1993年12月23日生まれ。中村福助の長男。祖父は七代目中村芝翫。99年11月歌舞伎座『壺坂霊験記』の観世音で中村優太の名で初お目見得。00年9月歌舞伎座〈五世中村歌右衛門六十年祭〉の『京鹿子娘道成寺』の所化と『菊晴勢若駒(きくびよりきおいのわかこま)』の春駒の童で六代目中村児太郎を襲名し初舞台。2012年6月『俊寛』の海女千鳥、13年3月『隅田川花御所染』の桜姫、15年3月『髪結新三』の白子屋娘お熊などで、16年12月『仮名手本忠臣蔵』八・九段目の小浪で国立劇場奨励賞を受賞。

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