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「ゆけ!ゆけ!歌舞伎“深ボリ”隊!!」今月の歌舞伎座、あの人に直撃!! 特集

金井勇一郎 一瞬で『新・水滸伝』の世界にいざなう舞台美術を。

第18回

この8月、歌舞伎座に『新・水滸伝』が初お目見得する。「水滸伝」といえば、梁山泊に集う腕自慢の豪傑たちが腐った朝廷に反旗を翻す血沸き肉躍るエンタテインメント小説。これを基に三代目市川猿之助(現猿翁)が、スーパー歌舞伎をともに作ってきたスタッフたちと生み出したのが『新・水滸伝』。宙乗りや迫力満点の立廻りも楽しめる「三代猿之助四十八撰」の人気作だ。

<あらすじ>

時は12世紀初頭、中国は北宋。天下一の悪党・林冲は牢に繋がれていたが、梁山泊に根城を構える晁蓋が林冲を助け出す。だが梁山泊の仲間と反りが合わない林冲は酒浸りの日々。一方朝廷軍は、梁山泊を踏みつぶそうと攻撃をしかけてきて……。

初演の2008年ル テアトル銀座以来、中日劇場、大阪・新歌舞伎座と再演を重ねてきた。新歌舞伎座では、真っ暗闇の中、スポットライトを浴びて梁山泊の荒くれどもが名乗りを上げて勢ぞろい。暗闇のあちこちに潜んでいた彼らが一斉に目の前に飛び出してきたかのようで、幕開きから終演までワクワクが止まらなかった。さて今回、スペクタクル性あふれる『新・水滸伝』の世界が歌舞伎座でどのように立ち上がるのか。

今回の深ボリ隊は夏休み特別編ということで、「八月納涼歌舞伎」第三部『新・水滸伝』の舞台美術を担当する金井勇一郎さんをロックオン。古典の狂言との違いや、梁山泊の世界観を表現するこだわりなど、歌舞伎座バージョンならではの舞台美術について語っていただいた。

Q. 『新・水滸伝』の舞台美術はどのように創られる?

── 前回、大阪・新歌舞伎座で上演されたのが2015年でした。真っ黒の背景で、舞台中央に設置された長いブリッジの中央に階段が置かれ、「梁」の文字が染め抜かれた幕が上手と下手に垂らされていて、いわゆる構成舞台と呼ばれる抽象的な装置でした。

金井勇一郎(以下、金井) 前回は旗などの具体的な道具が結構使われていたのですが、今回はこれまでのことはいったん全部忘れて、新たに創ることになりました。演出の杉原(邦生)さんとも話し、歌舞伎座ではこれまでやったことのないようなものをやろうと。水滸伝の世界にスッと入っていただけるような絵の描かれた壁で舞台を囲むことにしました。

2023年8月上演『新・水滸伝』の模型。山水画風の背景と、演出の杉原邦生さんのリクエストで作られた「梁山泊」のシンボルとなる岩山 提供:金井大道具(株)

── 山水画のようで一瞬で水滸伝の世界に入り込めそうです。少し紫がかった墨の色という感じですね。

金井 最初は白地にしていたのですが、照明デザイナーと相談したところ、全体が白だと照明を当てると俳優さんが目立たなくなるのではということで、何種類も見本を作り、色味を少し着けてニュアンスが出るようにしました。

── スーパー歌舞伎も同様ですが、とにかく場面が次から次へと展開していきます。この装置がすべての場面の土台となるということですね。

金井 そうです。古典の狂言よりも圧倒的に場面数が多く場面転換をスピーディにやらなければいけません。時間的にも予算的にも、いちいち道具をばらして飾ってというわけにはいかない。ベースの世界を作り、その中に最小限の道具を置いて、セリを上げ下げしたり盆(舞台中央にある回り舞台)を回したりできるようにしてあります。また9月に京都・南座でも上演しますが、南座には歌舞伎座と同程度の舞台袖のスペースがないんです。それを前提に制約のある中での逆転の発想で作った美術なんです。

── この山水画のような美術に明かりが当たると、またずいぶん雰囲気も変わるでしょうね。

金井 照明に関しても制約があるんです。歌舞伎座では三部制のうちの一幕なので、吊れる照明も数が限られるんですね。

── なるほど、劇場でこの作品一本を昼夜上演するのとは違い、いろいろ制約があるわけですね。

金井 制約がイメージを固めていくともいえます。難問の一番良い解を考え出す感じに近いですね。

── この山水画に囲まれている舞台で林冲たち梁山泊の面々が暴れまわる……。

金井 他に何枚もの縦長のサイドパネルが用意してあります。上から降ろしたり扉のようにスライドさせたり、さらに明かりによって朝廷になったり梁山泊になったり、人の出はけにも使えます。格子を降ろせば林冲が閉じ込められた牢屋にもなりますし。

── 梁山泊の場面では前回のように「梁」の幕を降ろすのですか。

金井 今回は具体的な文字の入った幕は使いません。また太陽も出しません。前回は炎を表すのに赤い幕を使いましたが、今回は明かりと煙で表現します。唯一具体的な装置といえば岩ですね。杉原さんのリクエストで「梁山泊を表すシンボリックな道具が何か欲しい」と。そこで大小の岩山を作りました。

── この岩山に登ったり、後ろから出てきたりするわけですね。

金井 月も前回は黄色味のある満月と三日月を出しましたが、今回はクレーターまでわかるようなリアルな満月のみ使います。この月、本当はもっと大きくしたかったけど、これもさまざまな制約があったり……。

── 林冲の宙乗りも、ムササビから龍に変わりますね。

金井 この龍が映えるように、またカラフルな衣裳も映えるように。そういう点も背景を作る上で気を付けました。舞台から受ける印象は、前回からガラリと変わるはずです。

2023年8月上演『新・水滸伝』の模型。中央にはリアルに描かれた満月

スーパー歌舞伎と古典、舞台美術の違いは?

── 金井さんは『新・三国志』ほかいくつものスーパー歌舞伎で舞台美術を考案されてきましたが、古典の舞台美術との一番の違いというと……。

金井 先ほども言いましたがやはり場面転換の多さですね。具体的なものを飾ってしまうと転換が間に合わない。

── 『NINAGAWA十二夜』(2005)でも金井さんの舞台美術が話題になりましたね。まっ白な百合で埋め尽くされた八ツ橋や満開の桜、背景にミラーを使った美術に度肝を抜かれました。

金井 ミラーを使ったのは歌舞伎座では初めてでした。蜷川(幸雄)さんからはふたつだけ注文があって「歌舞伎の基本を壊さない美術で」「ミラーを使ってほしい」と。蜷川さん、ミラーお好きでしたから。当時の松竹の永山(武臣)会長に、「歌舞伎座で鏡を使うなんて何事だ」と怒られたことを思い出しました(笑)。

『NINAGAWA十二夜』2005年初演時の舞台美術(歌舞伎座) 提供:金井大道具(株)

── 古典の狂言の装置の場合、俳優さんから色味や寸法、飾る場所など、舞台稽古などで注文が来ることがあると思いますが、新作や演出家という存在がある場合はまた違いますか。

金井 例えば演出家がいる座組に慣れている方は、美術に注文がある場合も演出家を通してきます。でも新作に慣れていない俳優さんの中には、演出家を通さず直接大道具方に「ここ直して」とおっしゃる方もいます。僕も後からそれを知って「あれ、知らないうちに位置が変わってる」と焦ることもあったり(笑)。ただ美術の人間が俳優さんと直接関わることはそもそも少なくて、僕らはやはり照明さんとやりとりすることが多いですね。美術にどんな明かりを当てるのか、いったりきたりしながら密にコミュニケーションをとります。

── 照明がずっと当たっていますから、公演期間中に変色したりしませんか。

金井 時間が経てば色は変わります。でもまあ2、3か月は大丈夫ですよ。

── 「こういう美術で行こう」というアイデアは、どのように形になっていくのですか。

金井 まず脚本を読んでスタディ&リサーチです。時代背景、当時の建物など、以前はたくさん本を用意して調べたり、現地に行ったりしたものですが、今はネットで何でも調べられますからね。それどころか古代のものは現地に行っても分からないけれど、ネットになら参考になる画像があったりするでしょう。便利になりました。でも現地に行くことで感じられることはやはり大切ですね。そして自分なりに舞台をイメージしてラフスケッチを作り、それを持って演出家との打ち合わせに臨みます。

基本舞台イメージ図  提供:金井大道具(株)

演出家によっては細かくいろいろ指示する人もいれば、蜷川さんのようにこれとこれだけ、あとは自由に、という人もいますね。さらに平面図ではわかりにくいので舞台装置模型を作ります。GOとなれば、全部の寸法が入っている製作図面を作ります。これは今でも尺で寸法を書いていますね。これを基に大道具の製作会社に発注し、材料調達したり予算を立てたりするわけです。

── この模型の美術が実物大になっていくわけですね。

金井 そうです。例えば今回の山水画風の美術の場合は、まずは下絵を手で描くんです。それをCADに取り込んで、バランスを考えたり、配置を変えたり、色味を変えたりします。山が多いのでひとつ取ろうとか、いかようにも加減できるのがコンピュータのいいところですね。演出家と打ち合わせしながら微調整しやすいのも便利なんです。そして最終的には微調整を重ねて完成した図面を基に、実物大の壁に再び人の手で絵を描きます。大体絵描きさん5,6人で描きますね。広い場所に広げて水彩絵の具で一週間くらいかけて描きます。

── 古典の狂言の場合とは準備のしかたがかなり違いますね。

金井 そうです。同じ歌舞伎座の舞台美術でもまるで手順が違います。古典の場合は、道具帳(編集注:舞台を真正面から見たデザイン画。1/50または1/40縮尺で描かれる)を作って俳優さんに見ていただき、「結構です」となればそれを基に作ります。現場で「違う」って言われることもあるんですけどね(笑)。

(左)真中パネル下絵、(右)前パネル下絵 提供:金井大道具(株)

成功しても失敗しても残らない

── 金井さんは海外公演での経験を豊富にお持ちで、国内でも商業演劇から小劇場系までさまざまな舞台美術を作ってこられました。

金井 歌舞伎の海外公演には10年位携わりました。10年で50都市は行ったかな。そこで勉強しましたね。古典の演目を持っていくにしても、舞台が横長の歌舞伎座と同じ美術にはできないわけです。向こうの劇場は縦長なのでアレンジするしかない。松羽目の枝ぶりを同じバランスで描くことができなくて左右を縮めて描いたら、やっぱりこのときも永山会長に怒られました(笑)。「なんでこんな松があるんだ!」と。また間口五間なんていう小さな劇場で、先代の(中村)雀右衛門さんと(五世中村)富十郎さんの『二人椀久』をやった時は、舞台が松の木でいっぱいになっちゃったこともあります。ウイーン公演では、下手のボックス席の下に鳥屋(編集注:とや。舞台から見て花道の突き当りにある小部屋のこと)を作って短い花道を造ったり。鳥屋も客席のデザインや色味に合わせたものにしましたね。

── あそこの劇場でこの狂言ならこうすればおさまる、という経験値をたくさんお持ちなんですね。

金井 そうですね、いろいろな劇場での公演やスーパー歌舞伎で鍛えられましたね。

── でも大学は建築畑出身でいらっしゃる。

金井 そうなんです。絵については独学です。金井大道具の先代社長(父・金井俊一郎)に教わったことなんて一回もないんです。先代は古典歌舞伎の美術が専門ですが。

── 子供の頃から傍にくっついてお父さんの仕事を見るということは。

金井 仕事を継ぐか継がないか分からなかったから、先代からは「見ておけ」とも言われませんでした。それどころか子供の頃は父親が何やってる人なのかすら知らなかった(笑)。ただ、テレビの『8時だよ!全員集合』にも関わっていたのはよく覚えてます。

── テレビのセットを舞台の大道具の会社が作り始める時代ですね。

金井 そうなんです。で、実際に舞台美術に携わってみるとこれがもう楽しい(笑)。苦労もたくさんありますし、先代からは「それは歌舞伎じゃねえ」って何度も批判されましたけど。

── 舞台美術家にはどういう人がなれるのでしょう

金井 まず図面を描いたり模型を作ったりできるのは前提として、体力、コミュニケーション力が大事です。アーティストではなくスタッフのひとりなので、自分の絵に固執してもしょうがない。舞台はひとりで作るものではないので。物を作る現場はどの世界でも人間関係が大事だと思います。

── 舞台美術家という仕事の醍醐味をどんなところに感じていらっしゃいますか。

金井 いやもう全部楽しい(笑)。我々の作品は、役者さんがそこに立って、お客様が観てくださる、その空間を作ることですから、やはりまずは役者さんが良く見えないといいデザインではないんです。役者が映え、照明、衣裳や音楽、全てが一体となり、それをお客様がご覧になって、終演後「面白かったね」という声が聞こえてくると「やったな!」と。それが醍醐味です。

── 逆に「今回は失敗したな」ということもあるものですか。

金井 もちろんあります。イメージと違うものになってしまったり、カットされちゃったり。いや失敗の方が多いんじゃないかな。でも失敗しても僕らの仕事は作ったものが残らないんです。成功作も残らないけど(笑)。建築物の中には「何だこれ?」という変な建物が時々あるじゃないですか。建物の場合は何十年も残ってしまう。でも僕らの仕事はだいたいひと月でなくなってしまいますからね(笑)。

 

歌舞伎座「八月納涼歌舞伎」第三部『新・水滸伝』特別ポスター

取材・文:五十川晶子 撮影(金井さん、提供写真以外の模型写真):源賀津己

プロフィール

金井勇一郎(かない ゆういちろう)

市村座の大道具製作を請け負う会社として、1886年に創業した金井大道具株式会社の四代目社長。1986年から2年間ニューヨークメトロポリタンオペラハウス(MET)にて舞台美術、舞台技術をジョセフ・クラーク氏に師事。2004年「平成中村座」で読売演劇大賞優秀スタッフ賞、2005年『NINAGAWA十二夜』で同賞最優秀スタッフ賞を受賞。2008年『憑神』で伊藤熹朔賞受賞。2022年よりTBS赤坂ACTシアターで上演中の舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』のプロダクションマネージャーを担当するなど、国内外で幅広く活躍。

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