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「ゆけ!ゆけ!歌舞伎“深ボリ”隊!!」今月の歌舞伎座、あの人に直撃!! 特集

中村虎之介『天守物語』皆さんはどんなラストシーンをイメージしますか。若き鷹匠 姫川図書之助

第22回

姫路の白鷺城を訪れたことのある方は多いだろう。あの白漆喰の城壁や五重六階の大天守は優美そのもので、見上げるたびに息を呑む。あまりの美しさに、天守の最上階には人ならぬ者たちが棲んでいても不思議ではないという気持ちになってしまう。泉鏡花作の『天守物語』は、そんな夢とうつつのあわいのような幻想的な物語だ。

<あらすじ>

白鷺城天守閣の最上階(五重)には、人間たちが近づくことのない、美しい異形の者たちが暮らす別世界があった。その主は美しく気高い富姫。彼女を姉と慕う亀姫が久方ぶりに訪れ、富姫はお土産に白い鷹を与える。その白鷹を探して五重までひとりの人間がやってきた。武田播磨守に仕える姫川図書之助だった……。

まっ暗闇の中、人ならぬ者が潜むと言われる五重に雪洞ひとつでやってきた図書之助。この五重へ赴き無事に下界へ戻れた人間はこれまで誰ひとりいないことは彼にもわかっていたはず。怖くはなかったのか。そこで富姫に出会い、どのように図書之助の気持ちは変わっていったのだろう。

「十二月大歌舞伎」の第三部『天守物語』で図書之助を勤めるのは中村虎之介さんだ。今年5月の平成中村座で初役で勤めたばかり。それも舞台は姫路城三の丸公園! それはどんな体験だったのだろう。

今月の深ボリ隊は稽古まっ最中の虎之介さんに図書之助についてたっぷり語っていただいた。語っていくうちに、虎之介さん自身が、図書之助か虎之介か、虎之介か図書之助か、渾然となっていく様子を感じていただきたい。

Q.五重へ上る時、姫川図書之助は怖くはなかったのでしょうか?

2023年(令和5年)歌舞伎座「十二月大歌舞伎」第三部『天守物語』より、姫川図書之助を勤める中村虎之介さん 写真提供:松竹(株)

── 今年5月の平成中村座では初役で姫川図書之助を勤められました。その同じ年のうちにさっそく歌舞伎座で再演です。

中村虎之介(以下、虎乃介) ほんとにありがたいことです。再演が決まったと聞いたのはまだ姫路に気持ちが残っているような状況の時でした。僕自身姫路で完全燃焼したのもあって、「当分やることはないんだろうな」と思っていたので、「うわ~早いな」と思いつつとても嬉しかったです。姫路城でこの芝居をやれたこと、思い出しても夢のようです。中村座の小屋を出て楽屋に戻る時、後ろをふりかえると天守閣が見える。あの場所でしか味わえないですよね。平成中村座が移動式の小屋でなければできないことでした。これまでこの芝居をやったことのある皆さんにとっても見たことのない景色だったようです。

── その五重(天守閣の最上階)の暗闇の中をひとり上っていく「若き鷹匠」が姫川図書之助です。「若き」とありますが、虎之介さんは図書之助をいくつくらいと設定していましたか。

虎之介 年齢は特に設定していませんでした。年齢よりもこの人が誰に仕えて、今までどうやって生きてきた人間なのか、そこに25歳の僕がどうリンクするかということを大事にしていましたね。この作品、全体的にも結構抽象的な作りになっていて、年齢も明確になっていないし、最後は彼らが死んだのかどうかも観た人の想像にまかせるような作りなんですよ。

── こしらえについてこだわったところはありましたか。

虎之介 僕が姫路で使わせていただいた衣裳は(市川)團十郎さんが着ていたもので藤色と黒の着付です。塗香の匂いがしました。團十郎さんは虎の刺繍がしてある赤い着付でなさったこともあって、それも素敵なんですよ。今月の歌舞伎座正面の絵看板も赤になっています。顔はあまり作りすぎず、薄く薄く自然な感じにと意識していました。

── 前段は亀姫が久方ぶりに富姫を訪ねてやってきて賑やかな宴の場面です。帰参の土産に白い鷹をもたせ、そのくだりの後、富姫がひとりになったところに、図書之助は雪洞の明かりを頼りに五重まで単身上ってきます。あの暗闇の中を上ってくる時ってどんな気持ちなんですか。

虎之介 稽古をするなかで、図書之助が最初に五重に上がってくるところからの場面を「第1ラウンド」と呼んでいました。人が足を踏み入れたことがない場所なので恐怖もあるし警戒もしている、同時にもちろん白鷹も探しているんです。初演のときに台本を読み込んでしまったので、初めてここにやってきた感じをどう出すかが課題でした。(坂東)玉三郎さんからは「どんな感情なのか、それを言葉にしながら五重にあがってきなさい」と言われて、「暗いな、何がいるかわからない、鷹はどこにいるんだろう、何か気配を感じた、何者だろう、ここは魔物が棲むというがとりあえず確かめよう……」と、気持ちを声に出しての稽古もしました。

── そして富姫に気づきます。

虎之介 最初はそれが何かはわからないんですよ。でも気づくと凄く綺麗な人がいる。でもここは五重。行った人は帰ってこられない。恐怖は続いています。

作品を貫くのは「姫君への敬愛」

── 「天守は殿様のもの」と図書之助が言うと、いや「私のものだよ」と富姫は言いますね。

虎之介 この第1ラウンドではお互いが主張しあうんです。図書之助は「あなたに何を言われようが、この天守は殿様のものだ」と。でも富姫が「これは私のものだ」という。そこで図書之助は、私のものではないので、この天守について私がどうこうしようとは思っていないことを伝えると、富姫も「この人はここを奪いにきたわけではないのだな」と思って安堵したような空気になる。それで富姫は「今夜はいい夜だ」と言うんですね。

── この図書之助の言葉と態度に「涼しい言葉だ」と富姫が言います。このくだりはとても印象的ですね。

虎之介 人間といえば、下界で戦ばかりやっていて首を取り合うやつらばかりかと思っていたけれど、こんな潔い人間もいたのかと。そういう人間がここまでやってきたという喜びもあるでしょうね。

── でも図書之助は、この富姫は人間ではない、異形の者だとは思っているんですよね。

虎之介 思っていますね。図書之助自身にも自分の人生に対してどこか捨ててもいいと思っているふしがあるんです。殿様は絶対。そのためなら命もいらない。自分が必要とされるなら何でもやれると。そして凄まじい孤独。図書之助は少しだけ富姫の世界に近い人間なのかなという気がします。

── 「姫君」という呼び方が新鮮でキュンキュンきます。

虎之介 図書之助が姫君の顔をまっすぐ見てしゃべるのって、芝居全体でおそらく1分もないんですよ。玉三郎さんに言われたのが、この作品を貫くのは「姫君への敬愛」だと。僕は最初、これはふたりの恋愛の話だと思っていましたが、いやぁ、未熟でした。姫君に敬意を表しているんです。だから目を合わせない、なれなれしくしないんです。それで、このふたりの抑えたやりとりがとてもしっくりきました。

── 図書之助は下界へ降りようとして、途中、巨大な野衾(のぶすま:むささびの化け物のようなもの)に襲われ、雪洞の灯りも消されてしまいます。姫路城の公演では化け物の巨大な目や爪などリアルなものが使われていましたね。

虎之介 あそこは本当にまっ暗で怖いんですよ。僕はあれは富姫がやらせているんだと思っています。五重から図書之助の様子を見ていたんじゃないかと。そもそも始めから図書之助を下界に帰す気はなかったんですよ。

── たしかに図書之助が再び五重に戻ってきた時、富姫は背中を向けていて、どこか人待ちしている雰囲気でした。

虎之介 そうなんです、待ってるんですよ。そして図書之助も本当に下界に帰りたかったのかどうか。

もはや人間世界に未練はない、自分の居場所は五重

── 雪洞に灯りをともして、お互い初めて顔を見ますね。

虎之介 あそこで初めて直視するんです。そしてどんどんふたりはプライベートな話をし始めるんです。図書之助の感情はここからフルスロットルで回転し始めます。姫に「あなた、お帰りなさいますな」と言われて、今まで自分が背負って来たもの、すべてここで解き放っていい、私とここに居なさい、そんな主従とか人間世界の理不尽とか捨ててしまいなさいと言われているようで。今まで生きてきた人生を一新させるような一言で、僕自身にも刺さってしまいまして。

── それでも図書之助は「迷いました姫君」「決心ができません」と言いますね。

虎之介 ほんとに好きな台詞です。なのに親、師、書に、まだまだ学ぶことがあると言うんですよね。あなたとは住む世界が違うのだ、僕は結局その程度の人間なんですよと。でも本当は、もはや人間世界に未練なんてないと思っている。そんなときにあの人は僕の名前を聞いてくるんです。僕の存在を認めてくれたんだと思って「夢のような仰せなれば」と。本当に天にも昇るような気持ちです。やはり五重、ここに自分の居場所があるのだと思ってしまうんです。この5分くらいのやりとりでふたりの距離はぐっと縮まります。第2ラウンドと呼んでいるこの場面の一番大事なところですね。

── とは言いながら、鷹を逸らしたのはこの人だったのかと、富姫に向かい刀に手をかける一瞬もあります。

虎之介 僕にはあそこは本気で抜刀しようとしているように見えない。刀を抜く機会はそれまでいくらでもあったわけですから。僕には、刀を抜こうとすることで何とか必死に武士であること、人間であることをキープしてるように見えます。

── 図書之助は「以後お天守下の行き交いには誓って礼拝をいたします」とも。

虎之介 ここ、初めて素の感情をそのまま出す台詞なんです。「僕、あなたのことが好きです」と告白と同じだと思ってます。すごく明るく言うんですよね。実際嬉しくなるんです。天守下を通るたびに五重から顔を出している富姫に手を振ってる図書之助が想像できて。

── 富姫、かわいい……。

虎之介 いやホントにかわいいんですよ(笑)。

── そして富姫は「あなたにはなむけがあります」と御家の重宝、青龍の兜を渡しますね。

虎之介 図書之助はここで「これを受け取ったらもう二度と会えないかもしれない」と思うんです。とても大事な場面です。

── この段階ではもう恐怖感は抱いていないんですね。

虎之介 まるでありませんね。

── 富姫はここで「細工はたいしたことない」と言い放つので、客席から笑いが起きます。富姫の強烈な美意識が覗く瞬間ですね。

虎之介 ここもかわいいんですよね。図書之助としては、「この兜を持って下界に戻ればお手柄になるかもしれない」という武士としての本来の気持ちに引き戻される。でも富姫には二度と会えないだろうとも思う。ここは図書之助も富姫も感情がぐるぐるすごい勢いで動いているところです。最後の別れになるから姫の顔をしっかりと見ておきたい気持ちでいっぱいなんです。

お客様がそれぞれのラストシーンを自由に想像していただけるように

── そして再び五重に戻ってくる。第3ラウンドですね。兜を持って下界に戻ったばかりに理不尽な疑いをかけられて、逆に同僚同輩からも追われる身となります。

虎之介 図書之助は逃げ込む場所にこの五重を選んだ、富姫に助けを求めたわけです。下界に戻り疑われ、図書之助の気持ちは完全に変わってしまっています。玉三郎さんに、「第1、2ラウンドが大事だから丁寧に」と言われましたが、確かに第3ラウンドでは図書之助の心はもう決まっていて、勢いでいけるんです。自分の人生に終止符をうちに五重に戻ってくるんです。下界で微塵も知らない罪のために人間に疑われて殺されるなら、あなたに殺されたい、それが本望だと。

── 富姫は図書之助を殺したりせず、獅子の中にかくまいます。

虎之介 この五重ではカーストのトップにいるのがあの獅子なんですよ。だからその両眼が傷つけられたら、連動してあの場にいる異形の者たちは皆目が見えなくなる。既に僕もその中のひとりになってしまっているんですね。ここの時のこしらえは頭は総髪にして、片肌を脱ぐと白い着付になるのですが、これは図書之助の死装束だと思ってます。

2023年(令和5年)歌舞伎座「十二月大歌舞伎」第三部『天守物語』より、姫川図書之助を勤める中村虎之介さん 写真提供:松竹(株)

── 図書之助は「あなたが殺してください」と言う時、どこか嬉しそうにも見えます。

虎之介 富姫の感情はあそこで爆発します。「たった一度の恋だのに」と。ただ、富姫がどういう心境を「恋」だと思っているのか。僕らが考える恋愛とはちょっと違うのかもしれない。現代社会でもいろいろな恋があるじゃないですか。人に説明できない思いもあるじゃないですか。この姫の言う「恋」と言う言葉、やはり重い言葉ですよね。

── 歌舞伎の赤姫が相手を慕う恋とはまた別のものなんですね。

虎之介 そうなんだと思います。この富姫は獅子に向かってだんな様と言っていますし、自身も奥方様と呼ばれていますしね。衣裳も打掛ですし。

── それでもふたりの魂がだんだん惹かれ合っていく、それが抑制された表現なのでよりロマンチックですね。

虎之介 この作品はもっとオーバーに男女の恋愛としてやることもできるんです。お互い抱きついて声を張って情熱的に。でも感情をバーッと出してしまうと上品でなくなる。抑えているからこそふたりの間に通う恋心が「敬愛」になるのだと思っています。

── 観ている方も、「富姫、愛する人ができてよかったね、五重にやってきてくれてよかったね」という謎の気持ちが生まれます。

虎之介 (笑)。逆に質問したいんですが、最後このふたりはどうなったと思います? 下から役人たちが上がってきた時に目にするのはふたりの遺体なのか、それとも影も形もないのか、(近江之丞)桃六の姿はあるのかないのか。

── 桃六が現れて獅子の眼を再び穿つ場面、あそこの段階で既にこの世とは別の世界、別の次元が広がっているような気がしていました。

虎之介 誰もいないとも想像できるし、ふたりの遺体が転がっている姿も想像できる。ふたりの結末は皆さんにそれを考えてほしい。自分だったらどういう結末の状況を想像するか。お客様がそれぞれのラストシーンを想像することでこの作品が完結すると思うんです。自由に想像していただけるようにお芝居を作るのが僕らの仕事だと。泉鏡花はこの作品で人間に対しての皮肉な思いも投げかけていると思うんです。本にするとすごく薄いのに、これだけ考えさせられる。僕自身も四六時中ずっとこの作品のことを考えているんです。

── 5月の平成中村座公演では、最後に舞台奥が開いて暗闇の中に実際の白鷺城の天守閣が浮かぶという演出でした。あのラストシーンの本物の天守閣は、虎之介さんの眼に、図書之助の眼にどんなふうに映りましたか。

虎之介 凄かったです。ぶっとびました。ほんとに(笑)。そして毎回とても嬉しかったですね。この人と一緒にふたりの世界へ旅立てるなら本望だと。今回も僕と七之助さんにしか作れない世界を作りたい。そこには七之助さんとの関係性もリンクしてくるでしょうね。

2023年(令和5年)5月平成中村座『天守物語』より、左から)富姫=中村七之助、姫川図書之助=中村虎之介 写真提供:松竹(株)

── 今回歌舞伎座で図書之助を勤めるにあたって、新たに何かこだわろうと思っていることはありますか。

虎之介 初役のときも玉三郎さんに言われたのですが、どうしても感情が入るとだんだん声が高くなってしまうので、常に低い声を出すように気をつけたいですね。それと容姿の見え方の為にも体重を6㎏落としました。

── たしか6月に国立劇場の『日本振袖始』で素戔嗚尊をされるとき8㎏増やしたとおっしゃっていましたが。

虎之介 はい、その後6㎏減らしました(笑)。食事にはできるだけ肉も魚も調味料は使わず、野菜もドレッシングとかかけない。でも朝食ではご飯をしっかり食べています。お酒はほぼほぼ飲んでいません。今52㎏です。ベルトが余って困ってます(笑)。

── 今回玉三郎さんが亀姫で出られます。図書之助と直接絡む場面はありませんが、お芝居の雰囲気は一段と変わってくるのでしょうね。

虎之介 図書之助が五重に上がってくる前には宴が開かれていたわけじゃないですか。その顔ぶれが、亀姫が玉三郎さん、富姫が七之助さん、舌長姥が(中村)勘九郎さん、朱の盤坊が(中村)獅童さんとオールスターが揃っていますから。そんなすごい宴の後の五重に上がらなきゃいけないんですよ。いやもう圧がすごいです(笑)。それも歌舞伎座ですからね。本当にありがたいことです。

取材・文:五十川晶子 撮影(舞台写真除く):源賀津己

プロフィール

中村虎之介(なかむら・とらのすけ)

1998年1月8日生まれ。中村扇雀の長男。祖父は四代目坂田藤十郎。2001年11月歌舞伎座顔見世興行の『良弁杉由来』で祖父の渚の方に一子光丸をつとめ、林虎之介の名で初お目見得。‘04年1月大阪松竹座『壽靱猿(ことぶきうつぼざる)』の猿で大阪初お目見得。‘06年1月歌舞伎座『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』御殿の千松で初代中村虎之介を名のり初舞台。

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