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「ゆけ!ゆけ!歌舞伎“深ボリ”隊!!」今月の歌舞伎座、あの人に直撃!! 特集

中村鶴松『野崎村』お光 たった半刻で大人になるしかなかった少女

第24回

のどかな田舎で年老いた父と病に伏せる母と暮らす娘お光。養子の久松とその日急遽祝言を挙げることになり、驚きあわてながらもその日はお光にとって人生で一番うれしい一日になるはずだった──。『新版歌祭文』「野崎村」は義太夫狂言の世話物の名作だ。

<あらすじ>

野崎村の百姓久作の家では、娘のお光と養子の久松の祝言を控えている。お光はうれしくて気もそぞろで祝いの料理のなますを準備している。そこに訪ねてきたのは、久松が奉公している油屋の娘お染。実はお染と久松は恋仲で、久松の後を追ってきたのだった。お光はふたりが心中を覚悟していると悟り、自分は尼となって恋を諦めようとする……。

純粋で朗らかな田舎娘のお光。さっきまではしゃいでいた少女が、なぜ自ら身を引き、惚れた男と恋敵に対して気高い態度をとることができるのか。可愛そうすぎないか、理不尽じゃないか、久松には人の心がないのか、などなど観ていて苦しくなってくるし、観るたびにお光が愛おしくなってくる。

そのお光に初役で挑んでいるのが中村鶴松さん。歌舞伎座で開催されている十八世中村勘三郎十三回忌追善「猿若祭二月大歌舞伎」で序幕の出し物としての挑戦だ。

お光はなぜこんなにも愛おしさを抱かせるのか。開幕間もない2月のある日、お光を勤めてきたばかりの鶴松さんを直撃した。

Q.幸せいっぱいの前半と悲しみをこらえる後半、お光の変化をどう演じる?

2024年(令和6年)歌舞伎座「猿若祭二月大歌舞伎」昼の部『新版歌祭文 野崎村』より、お光を勤める中村鶴松さん 写真提供:松竹(株)

── 歌舞伎座で『野崎村』のお光を、それも十八世中村勘三郎さんの追善の月に勤める、と知ったときはどんな気持ちになりましたか。

中村鶴松(以下、鶴松) こわかったです。お光はとにかく大変なお役だと思っていたので、ついに来たかと。踊りの技術も、お客さんを味方につけるパワーも必要で、パッションだけではできない難しい要素がいろいろある役なんです。初役なので(中村)七之助さんにじっくり教わって勤めています。

── まずはお光のこしらえですが、お納戸色の振袖に桃色の襟、黄八丈の前掛けにつぎはぎの襷、紫繻子と鹿子の帯、髪には薄の簪と、カラフルで田舎娘らしいかわいらしさが満載です。

鶴松 淡い水色の衣裳が思ったより自分に似合っているかもと思いました(笑)。この衣裳ですが、「蹴出し」(裾除け)を裾から出すか出さないか人によってさまざまで。裾から赤が見えているとかわいいんです。七之助さんは出しているけど勘三郎さんは出していなかった。僕の身長を考えると出すとよけいに小さく見えてしまうので、今回は出さないことにしました。鬘のクリ(鬘の縁のライン)も、田舎娘としては本当はもう少し丸くした方がいいんですが、僕がそもそも子供っぽく見えがちなので、今回はスッキリ見えるようにしています。

── 目元も、愛らしいというよりはどちらかというときりっとした感じですね。

鶴松 目張りや眉は癖で強めに描いてしまう傾向があります。お光のような役どころだともっと田舎娘っぽくお化粧をした方が良いと思うのですが、七之助さんも割と強めにいれているので、やはり尊敬する人を無意識にまねているところがあるかもしれません。それと紅も僕は薄目の色にしています。女方さんはふつう少しだけ黒っぽい三善の4Bの紅を使うことが多いのですが、今回はもっと軽いピンクっぽい赤を使っています。

── お光、何歳くらいという設定でしょう。

鶴松 16、7歳でしょうか。僕は顔つきが幼く見えるので、今はそれを味方につけてやっています。でもあまり子供子供しすぎてもいけないなとか、前半はそれでもいいのかなとか試行錯誤してますね。

── お光がいそいそと暖簾を分けて出てきます。

鶴松 もう毎回、世界一ハッピーな気持ちで出ようと思っています。後の台詞にもありますが、お光にとってこの半刻(=1時間)だけが幸せな時だったわけですから。でも七之助さんに「自分がうれしいだけじゃだめだよ。客席のお客さん全員を幸せにするようなオーラをもっとまとって」と言われました。これが難しくて、思っている以上に誇張してやらないとお客さんに伝わらないのだなと。自分ではやっているつもりでもそれが見えないということはよく先輩方からお叱りを受けています。前半のお光をどれだけキャピキャピと可愛くできるかが、後半との落差に影響すると思うのですが、意外に前半は台詞が少ないんですよ。お染が出てくるまでは「こんなことなら今朝あたり、髪を結うておこうもの」のひとつなんです。この一言でこの時のお光のハッピーな気持ちを表さなきゃいけない。

── 動きも本当に少女っぽくて、ひょこひょこした感じですよね。

鶴松 手を後ろにだらんとさせて、ペンギンみたいに動いていますね。

── そしてお勝手から俎板と大根を抱えて持ってきます。

鶴松 ふだんから家のことをやっている感じを出したいなと。どこに何があるかもう体で覚えている感じが出せればと思っています。大根は本物なんですよ。毎日小道具さんが準備してくれます。その日によって大根の硬さも葉の付き方も違っていて。大体一本の半分量くらいをトントンとこの場で切るのですが、お染が花道を出てくると邪魔にならないよう途中からは音出さないように切ってます。

── 自主練もされましたか。

鶴松 もう毎日切って練習しました。実際に指も切っちゃいましたし。勘三郎さんもすごく練習していて、最後にはもう手元を見ないで切ってるんです。ノールックで、振りじゃなくて切っていました。できるなら僕もその域までいきたい。実際に家で毎日料理している人ならそれくらいできそうですし。そんなわけで家で切りまくった大根は全部なますにしてました。酢の物は好きなのでちょうどよかったです(笑)。

── 切りながら義太夫に間に合わせなければなりません。

鶴松 今日は大根が硬い、切りにくいなと思っていると義太夫に間に合わなくなる。でも合わせようとすると気持ちの間がずれてしまう。まだまだ違和感を感じるところですね。先日『籠釣瓶花街酔醒』の稽古でも(坂東)玉三郎さんが「芝居って全部逆算なんだからね」と。お光は計算してやることが多いと同時に、可愛く見えなきゃいけないので難しいですね。

── 左手に手鏡、大根を切っていた包丁も左手で持って合わせ鏡にします。このしぐさがまたホントにかわいくて。

久松との祝言が嬉しくて、大根を切りながらも落ち着かないお光=中村鶴松さん。上演中「猿若祭二月大歌舞伎」より 写真提供:松竹(株)

鶴松 手鏡を覗いて、「あ、包丁持っちゃってた」と気づくのが実際の感情の間だと思いますが、勘三郎さんはここがすごく速かったんですよ。気持ちの動きの論理よりもかわいらしさを優先しているような感じで。それどころか包丁を投げちゃって、またそこで手(拍手)がくる。お光って正攻法だけでなく、時に変化球も使わないといけない役なんだなと感じています。歌舞伎はリアルと嘘の塩梅を上手く魅せることが大事だと実感するようになりました。

俗世を忘れきれないから半身だけ萌黄の衣裳で

── そして花道から下女およしに連れられてお染がやってきます。

鶴松 過去にお光を演じられた方も「ひやめしを何気なく履くだけでも難しい」と。「ひやめし」というのは草履の種類なのですが、田舎の人が履く作りのものです。これが鼻緒がぺチャッとなりやすくて履くのが難しいんです。

── お染の口から「久松」という名を聞いてからが大変です。

鶴松 このあたりでは見たことのない綺麗な人が来た、すっごくゆっくりであんなお辞儀したことない……と、屋台まで下がって、襷と前掛けを取って戦闘モードに入ります。勘三郎さんはここのしぐさが絶品でした。バーンと派手に枝折戸を閉めて、縁側に手をついてクルリッと回るんです。それがとても可愛くて……。襷と前掛けをノールックで外して、高速でぐるぐる巻きにするんですが、もう完全に戦闘モード。とにかく魅せる! いつか僕もそんなふうにやりたいと思ってます。

恋敵、お染の登場で戦闘モードに。縁側での仕草も可愛いらしいお光=中村鶴松さん。2024年(令和6年)2月「猿若祭二月大歌舞伎」より 写真提供:松竹(株)

── お染が香箱をお光にあげて、ますます火に油を注ぐことになります。

鶴松 「在所のおなごと侮ってか」となんだこんなもの、バカにしてという感じで投げつけるのですが、ここをもっと可愛く投げたいなと勉強中です。その後でお光は、お染に対して、「むかつくし見たことないタイプの女だし悔しいけど、やりすぎちゃったかな」と思うんですよね。芯はやさしいお光なんです。

── そして久作と久松が出てきます。

鶴松 義太夫の「門の戸ぴしゃり」で戸を閉めた後、急いで上がって仏壇にいってお線香に火を点けるのですが、火種が小さくてなかなか点かなくて、義太夫に間に合わない! と焦るときもあります。もぐさも本物のもぐさを使っています。前の方の客席なら燃えている匂いもすると思いますよ。お線香を入れる線香箱は先人たちが使ったものをそのまま使っているので、火の点いた線香を入れたときの焦げが残っています。久松とは捨て台詞でケンカしつつ、もぐさに火を点けつつと、いろいろやることが多くて大変です。

── お光と久松、久松と久作、お光と久作のやりとりがそれぞれあって、でもお光はお染のことで気もそぞろ、枝折戸の外ではお染がやきもきしている。この3人+1人の構図に何が起こっているか、お客さんだけがリアルタイムで知っているという面白い場面ですよね。

鶴松 そうなんです。久松とも言い争いのようになり「今のような愛想尽かしもあのやまい面が」で、本当は泣きたいところですが、後のお光との対比を見せたいので、ここでは涙より怒りや悔しさを出したいと思っています。

── そして久作にひっぱられるようにお光は引っ込み、お染と久松のクドキになります。この間にお光は梅の花柄の萌黄色の着付けに替えます。頭も切髪に。

お染と久松の覚悟を察したお光は、婚礼を知らされてからたった半時で身を引いて出家する覚悟を決める。お光=中村鶴松さん。 写真提供:松竹(株)

鶴松 下半分だけ萌黄色なんですよね。襟が桃色から白になり、襦袢も白。でも全身まっ白では味気ないし、まだ気持ちの半分は俗世を忘れきれなくて久松への想いも抱いている。パッと見ただけでそんなふうに感じていただける衣裳だと思います。前半は帯も鹿子と紫の派手なものでしたが後半は桃色だけ。前半はお端折りでしたが、後は裾を引きずります。裾を引くと物理的にゆっくりにしか動けないので、大人になった雰囲気が出せる感じがしますね。衣裳に助けられています。

── お光はこの短い時間で大人にならざるをえなかったのですね。

鶴松 それがこのこしらえの変化に現れているかもしれません。それと今回は出てきませんが、病に伏している母親の存在はお光にとって大きいのだと思います。目が見えず、もうかなり悪い状態なので、いますぐ祝言したい。久作もお光も常にどこかでお光の母親の存在というのは意識していると思います。

── お光は前半では少女らしくお染に嫉妬もするし、久松ともケンカするのに、後半ではなぜこんな神々しいまでに達観できるのでしょう。

鶴松 お光って、そのあたりに咲いている名もない花を見つけて「きれいだな」と思うような、小さな幸せを感じて生きてきた少女なんです。お光なりに苦労もしてきているけれど、それを辛いと思わずこれまで生きてきた。そんなお光が生まれて初めてこれだけ大好きな人に出会った。でも恋敵のお染は既に身ごもっているし、久松とふたりで死ぬ覚悟もしている。だったら自分は身を引こう、自分のせいで人に辛い思いをさせたくない、そう考える子なんだなと思っています。

どうしても演じていて泣きそうになってしまうんですよ。でもあえて笑って台詞を言っている方が客席からは悲しく見えると教わり、腑に落ちないまま稽古をしていたら、「悲しいことを言いながら顔はすごく笑っていて、なんかサイコパスみたい、笑い過ぎだよ。そして人の言うこと聞こうとし過ぎだよ、お前は」って冗談半分で勘九郎さんに言われました(笑)。

勘三郎さんも愛したお役。「誰よりもよかったね」と言われるように

── 「うれしかったは、たった半刻」というお光の台詞に「ほんとにそうだったなあ」と可愛そうでなりません。

鶴松 舞台の盆が回って障子から顔を出すところも聖母の肖像画のようですよね。上半身しか見えないので白い衣裳の部分しか見えない。よけいにありがたい感じがするのではと思います。そしてここからは「久松っつあん」ではなく「兄(あに)さん」と呼ぶんです。

── 盆が回って、堤の上から久作と共に、舟で帰っていくお染と、籠で帰っていく久松を見送ります。別れの時、久松から、「(自分とのことは)前世のことと諦めて年老いた親父殿と母上の介抱を頼む」と言われてしまいます。

鶴松 久松の好感度、落ちそうですよね(笑)。お光は、お染に対しては、短気をおこさず、自害しようなんて思わず、元気に生きて子供を産んで無事に育ててくださいと思っているんです。でも久松に対してはまだ苦しさがあるかも。

── 籠を見送るまでの時間が結構長いですよね。

鶴松 「浮世離れた尼じゃもの」という最後の台詞のやりとりが終わって、久松が籠に乗る、その間30秒くらい、久松は一度もこちらを向かないんですよ。その間は逆に尼からお光に戻ってしまう。強がってはいるけれど、「ほんとにありがとう、大好きでした」と後ろ姿に心の中で語り掛けています。そして泣きそうになりますが久松がこちらを振り向くので、「いやいや私はもう大丈夫」とぐっとこらえて笑顔で送るんです。

── ふたりを見送った後、無音になり、鶯の鳴き声だけが響きます。

鶴松 久松の乗った籠の様子がしばらくは見えていると思うので、田んぼ道を通って山を上って峠を越えて、山の裏側に行ってしまって見えなくなったなあ、そんなふうに眺めています。

── そして数珠を落とす。

鶴松 ここも本当にぼうぜんとしてなのか、無意識なのか、感情をなくしているのか、淋しいと感じているのか。もう少し自分でも作りこみたいところですね。

── 「ととさん!」と久作にすがりつくところで、毎回涙腺崩壊してしまいます。

鶴松 この「ととさん」が難しいなと思っています。七之助さんはどこか甘えるように言うのですが、(久作役の坂東)彌十郎さんは全感情を溢れさせて大きく派手にと。どちらにするかで印象が変わりそうですね。ぽろっと本心をこぼすのか、全部こぼれちゃうのか。

── 改めて、今月は勘三郎さんの追善興行です。勘三郎さんも何度も勤められたお光を初役で勤められてみて、どんなことを感じますか。

鶴松 勘三郎さんはお光という役を好きだったし、その難しさをよくわかっていたと思うんです。立役を主に勤められた人ですが、若いころはお染もお光もやっていました。相当稽古されたと思うし、がむしゃらにやってこられた。勘三郎さんもきっと役者人生、そうやって歩んできたと思うので、僕も慣れてしまわないよう、最後まで新鮮な気持ちで勤めたいです。

一部屋子である僕が、歌舞伎座の序幕で出し物をさせていただけて、大先輩の皆さんが出てくださる。そのありがたさに報いるためにも、「今までのお光の中で誰よりもよかったね」と言っていただけるような、それくらいの結果を出したいです。せっかくやらせてもらえるのだから、勘三郎さんにも良かったと褒められるようなお光を目指したいですね。

取材・文:五十川晶子

プロフィール

中村鶴松(なかむら・つるまつ)

1995年3月15日生まれ。2000年5月歌舞伎座『源氏物語』の茜の上弟竹麿で清水大希の名で初舞台。2005年、十八世中村勘三郎の部屋子となり、同年5月歌舞伎座『菅原伝授手習鑑』車引の杉王丸で二代目中村鶴松を名のる。2021年8月、歌舞伎座『真景累ヶ淵 豊志賀の死』で初の主役・弟子新吉を勤める。2023年はKAAT神奈川芸術劇場主催の『くるみ割り人形外伝』に出演するなど、活動の場を広げている。

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